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2010年5月 3日 (月)

徂徠先生、それは『荀子』にありません(たぶん)

Ogyuh_sorai

 岩波日本思想大系36・荻生徂徠 、太平策、p.453下段、本文にこうある。

荀子ニ学問ヲ飛耳長目ノ道トイヘリ。耳ヲ飛シ、目ヲ長クスルトヨミテ、坐ナガラ数千里ノ外ヲモ聞キ、数千載ノ昔ヲモ見ルハ、学問ノ道也。

 この箇所についての丸山真男の註にはこう(p.454下段)。

飛耳長目―「一曰長目、二曰飛耳、三曰樹明、明知千里之外、隠微之中」(管子、九守篇)。なお学問は、飛耳長目だ、という言葉は、徂徠の愛用句で、「答問書 」上巻にも、「訳文筌蹄 」の題言にも出て来る。「答問書」でも荀子の語になっている。ここの一節も、人々の思考が、「今ノ習俗」と直接的経験や見聞とに根本的に制約されているために、現在のイメージを過去に投影する過誤を冒す例(「頼朝卿ノ時ノ・・」以下)をあげ、学問の効用を明らかにするが、その論法はそのまま、現在の学問の批判へと向けられ、儒者の責任を問う次の段へとつらなる。

 さて、丸山の註からわかることは二つ。一つ、徂徠は「飛耳長目」を愛用していた。二つ、それを荀子の語としている。そこで、この「飛耳長目」が果たして『荀子』にあるのだろうか、というのが私の疑問である。

 調べ方はこうである。『荀子』全文を掲載しているサイトをネット上で見つけ、そこで「飛耳長目」(あるいは「飛耳」or「長目」)の検索語で全文検索してみる。

 サイトは、

中國哲學書電子化計劃

上の、儒家-荀子、である。

 このサイトのテキストとしての信頼性は、素人の私にはちと判断しかねる(直感的には大丈夫そう)。

 結果は、「ない」。「飛耳」or「長目」で、検索語を変えて、全文を検索してみたが、ない。このサイトのテキストが信頼できるものとすれば、考えられることは4つ。

①徂徠が出典を勘違いしていた。
②現代に流布している『荀子』と、徂徠が読んでいるテキストに異同があり、そのテキストには「飛耳長目」が書いてあった。
③徂徠の指しているテキストが、『荀子』ではなく、荀子の著作、という意味であり、現代には伝わってはいないが、当時は存在して、かつ徂徠が蔵していた荀子の著作として伝わるテキストに「飛耳長目」なる語があった。
④徂徠の原稿には、管子、と書いてあったのに、刊本にする際、彫師が彫り間違えた。

 私の勘では、①である。まず、④は無い。何故なら、少なくとも徂徠作とされているテキストの二つで、荀子の語、とされているわけだから、二度とも徂徠の書いた「管子」が「荀子」に間違えられ、かつ訂正されない可能性は極めて低いから。②、③もなんか確率低そう。

 ただ、それにしてもあれほど優れた弟子たちがいるのだから、さすがに誰か、例えば太宰春台とかが、「先生、荀子に見当たりませんが・・。」と言いそうなものだとも思える。また、数多い論敵からしても、揚げ足取り(笑)に絶好の獲物だから、つつかない法もないか、と考えたりするのだが。徳川18世紀に流布していた『荀子』テキストに「飛耳長目」とあったら、当然、誰も不思議には思わないけどね。でもそんなことがあるのだろうか?

 ちなみに、上記サイトの、管子、九守篇、には間違いなく、「飛耳長目」はありました。念のため。

 なお、この話題は、馥郁たる教養サイト かわうそ亭 様の、飛耳長目という言葉 記事より拝借したものです。かわうそ亭 様、毎度ありがとうございます。

※参照
享保五年、徂徠哭す: 本に溺れたい

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コメント

いや、面白いですねえ。
岩波日本思想大系の丸山による註をみると、徂徠先生ミステイクは濃厚のような気がしますねえ。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2010年5月 3日 (月) 17時46分

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