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2010年9月30日 (木)

歴史の必然 Historical Inevitablity*

 某帝国大学教授の社会学者が「グローバリゼーションは歴史の趨勢であり、甘受すべき運命だ」と曰(のたま)われた旨を、某MLにて小耳に挟んだ。

 いまどき、このような発想をする御仁がいるとは・・・、恐れ入谷の鬼子母神。

 おそらく、この人物にとって、19世紀グローバリゼーション=西欧の自由貿易帝国主義(欧米による非欧米国の暴力的門戸解放)も《歴史の必然》なのだろう。そうすると、そのリアクションで発生した明治維新も歴史的必然で、その明治 constitution がやらかした、大東亜戦争も歴史的必然。ならば、明治 constitution の断末魔である《1945年敗戦》も歴史的必然ということになるか。

 結局、海外の安い財貨の自由な輸入が、地方都市の商店街をシャッター通りにすることも、この不況下で進行した列島内の年間3万人の自殺者も、甘受すべきグローバリゼーションという《歴史の必然》的帰結なのだ。

 たぶんこの御方におかれては、御身が某帝国大学教授であられるという事実そのものが、《歴史の必然》の見事な証拠なのだろう。慶賀に堪えない。

*Isaiah Berlin, 'Historical Inevitablity'(1953),Four essays on Liberty, Oxford UP(1969) アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房(1971) 、福田歓一他訳所収、「歴史の必然性」参照。この社会学者にとっては、Max Weberによる、政治における「信条倫理」と「責任倫理」の区別など意味をなさないだろう。なぜなら、バーリンの指摘のごとく、一旦、《歴史の必然》を 認めてしまえば、倫理や道徳にまつわる言葉は一切の意味を失うからである。

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コメント

無署名さま、コメントありがとうございます。

>この帝国大学教授は「歴史の趨勢」といっているだけで必然とはいっていないでしょう。独り相撲ですね。

私の独り相撲ということでしょうか。

それなら、その後続いて、「甘受すべき運命だ」と断言しているところまで、読んで戴ければ、私の趣旨はご理解頂けると思いますが。

投稿: renqing | 2011年9月13日 (火) 12時58分

この帝国大学教授は「歴史の趨勢」といっているだけで必然とはいっていないでしょう。独り相撲ですね。

投稿: | 2011年9月13日 (火) 10時05分

わどさん

コメント、および、本のご紹介ありがとうございます。

引用していただいた部分だけからは、凝った文のため、にわかに理解しがたい部分もありますが、大筋、私と似た趣旨のように感じました。

少し思いついたこともありますので、記事を別に書いてみます。

投稿: renqing | 2010年10月 7日 (木) 03時45分

この「歴史の必然」について、ジジェクは面白いことをいってます。つまり、

「直線的な歴史の発展は、『人類の味方』であるという偏見、は、古い喩えだが地下を掘り進むモグラのように『人間に都合よく働いてくれ』て、<理性の狡智>の仕事をしているのだという偏見は、きっぱりと捨て去るべきだ」(p245-246)
「ある出来事が起こると、そのことが不可避であったように見せる、それに先立つ出来事の連鎖が生み出される。物事の根底にひそむ必然性が、様相の偶然の戯れによって現れる、というような陳腐なことではなく、これこそ偶然と必然のヘーゲル的弁証法なのである」(p248)

※以上、S.ジジェク『ポストモダンの共産主義』より。

投稿: わど | 2010年10月 5日 (火) 04時55分

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