加藤陽子『戦争の日本近現代史』講談社現代新書(2002年)
■第1講 「戦争」を学ぶ意味は何か
p.15、に、歴史における「問題=問い」について、「時代の推移とともに人々の認識や知の型が、がらりと変わるのはなぜなのか、あるいは、人々の複雑な行動を生み出すもととなった深部の力は何なのか」と問うことだとある。これについては首肯する。
しかし、その後に書いてある、製品開発を担当するビジネスパーソンなんかにも役立つよ、などというのは与太話の域を出ない。
なぜなら、歴史は出来事の軌跡であり、歴史学は、「起きたこと」の解釈学であるからだ。解釈学で予測はできない。それは、進化論がどれほど発達しても、現在の種が今後どのように「進化」するのかを予測できないとと同種のことに属する。
p.18に、入江昭による近代日本の外交思潮としての「政府の現実主義」「民間の理想主義」を挙げているが、これは徳川末期の、「開国政策」「鎖港攘夷政策」と全く同じ。つまり、徳川公儀の現実主義、薩長の理想冒険主義であると。
■第2講 軍備拡張論はいかにして受け入れられたか
p.48 「内にデモクラシー、外に帝国主義」は、日本近代の専売特許ではなく、19世紀末前後の大英帝国も似たり寄ったり。ジョセフ・チェンバレン(当時の植民相、第2次ボーア戦争1899-1902などを指導)などが典型的。
p.49 軍拡を受け入れる論理「なんとか衝突せずに体面を維持しようとして、無為にすごしたために幕府は倒れたのだというイメージが広く社会に共有されているとき、列強と対峙するための軍拡を説くのは、さほど困難ではありません。」
■第3講 日本にとって朝鮮半島はなぜ重要だったか
p.77 「深まりつつあった英露対立のなかで、清国による宗主権の主張が一定の地歩を占めるような事態が生じれば、イギリスやロシアに朝鮮侵入の契機を与える」
■第4講 利益線論はいかにして誕生したか
p.96「英露が朝鮮の中立を認めず、あるいは朝鮮みずからが中立の維持を実行できない場合には、朝鮮を利益線とする日本が朝鮮の中立を武力で実現するという発想がうまれてきます。」
■第5講 なぜ清は「改革を拒絶する国」とされたのか
p.115「当初の利益線論から、朝鮮の内政改革を推進する国、拒絶する国という論理へ、さらには開化と保守の戦いといった論理の変遷の最後を締めくくったのはやはり福沢諭吉でした。」
■第6講 なぜロシアは「文明の敵」とされたのか
p.141 「吉野の論理では、貿易が自由におこなわれない状態を、非文明と呼んでいた。」
■第7講 第1次世界大戦が日本に与えた真の衝撃とは何か
pp.198-199
①「権益を旧来の帝国主義的な外交で獲得する方策は special pleading であり、もう「野暮」なのだとの認識が(日本に)生じた」
②「移民法などに対しては徹頭徹尾国際条約違反であると主張して、その点からアメリカの非理を暴いていこうとする原理的な対決姿勢が、日本軍のなかに生まれた」
■第8講 なぜ満州事変は起こされたのか
pp.241-242
「基本的に、満州事変を起こさせた動機は、ソ連の弱体なうちに満蒙をとっておき、北満州までとっておけば、ソ連はしばらくは出てこられないという、石原の非常に楽観的な見通しでした。」
■第9講 なぜ日中・太平洋戦争へと拡大したのか
p.288「アジアの生産性を協同して向上させて、半封建・半植民地的な地位から脱出するために、新秩序建設の必要性があることが構想されているわけで、日中戦争で日本が中国に武力侵攻している事態をも、この理論では正当化することが可能になる」
■総合評価 ★★★★☆
前半は問題提起型で、なにが言いたいのか要領を得た。しかし、後半、著者の守備範囲のせいか、詳細に史実が書き込まれていて、こちらとしては勉強になるが、著者の「語り」の全体像が得られなかった。そのため、星一つ減点。
〔追記2010/10/11〕この書の最後に《第十講 日本近現代史における戦争とは何だったのか》という点睛を欠いたこと。それがこの書を画竜のままとしたのではないか。極めて残念。
■参照
①歴史の論理と進化の論理
②本書に関して優れた書評があった。参照されたし。
書評70:加藤陽子『戦争の日本近現代史』 - 読書のあしあと - Yahoo!ブログ
目次
第1講 「戦争」を学ぶ意味は何か
第2講 軍備拡張論はいかにして受け入れられたか
第3講 日本にとって朝鮮半島はなぜ重要だったか
第4講 利益線論はいかにして誕生したか
第5講 なぜ清は「改革を拒絶する国」とされたのか
第6講 なぜロシアは「文明の敵」とされたのか
第7講 第1次世界大戦が日本に与えた真の衝撃とは何か
第8講 なぜ満州事変は起こされたのか
第9講 なぜ日中・太平洋戦争へと拡大したのか
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コメント
大三元様、どうも。
TBというのは、時折、うまくいかないものですね。弊記事中に貴記事へのリンクをうめてあり、TBと同じですので、大丈夫です。
投稿: renqing | 2012年1月 9日 (月) 22時53分
こんにちは。トラバありがとうございました。
こちらからもトラバさせていただこうとしたのですが、できませんでした。申し訳ありません。。。
投稿: 大三元 | 2012年1月 9日 (月) 22時46分