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2010年12月12日 (日)

Of the Stationary State

J.S.Mill, Principles of Political Economy(1848)*、にこういう一節がある。

If the earth must lose that great portion of its pleasantness which it owes to things that the unlimited increase of wealth and population would extirpate from it, for the mere purpose of enabling it to support a larger, but not a better or a happier population, I sincerely hope, for the sake of posterity, that they will be content to be stationary, long before necessity compels them to it.
Mill, Principles of Political Economy Book IV, Chapter VI | Library of Economics and Liberty

もし富と人口との無制限な増加のために地球がその楽しさの大部分を失ってしまわなければならないとすれば、しかもその目的 が、ただたんに地球をして、より大なる人口―しかしけっしてよりすぐれた、あるいはより幸福な人口ではない―を養うことを得しめることだけだとすれば、私 は後世の人々のために切望する、彼らが必要に強いられて停止状態に入るはるか以前に、みずからすすんで停止状態に入ることを。
杉原四郎『J.S.ミルと現代』岩波新書(1980) 、p.81

 川北稔のいう「成長パラノイア Growth Paranoia」から離脱するヒントを考えていたので、この一節を思い出した。実は、我々の卑近な現代史に、脱「成長経済」のヒントがあるのだが、そのことについてはまた別に記すことにする。

* Book IV   Influence of the Progress of Society on Production and Distribution
  Chapter VI   Of the Stationary State

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