« 「番付」の世界観 | トップページ | バルサとイブラが得たもの »

2010年12月25日 (土)

コスモポリスの転換 ( Transformation of Cosmopolis )

 村上淳一氏描くところの、Stephen Toulmin, Cosmopois : The Hidden Agenda of Modernity, 1990  の要約。

 「コスモポリス」なる語を、トゥールミンは次のような意味で用いている。古代ギリシャにおいては、自然の秩序(コスモ ス)と社会の秩序(ポリス)とが区別されていたが、ヘレニズム世界への拡大とともにストア学派は、両者を一個の包括的な秩序(コスモポリス)の二つの側面 と見るようになった。自然的秩序に大きな関心をもたなかった中世を経てルネサンスを迎えると、コスモロジーが再生する。自然と人間世界との間には対応と調和の関係があるとされたのである。十七世紀はそのようなコスモポリスの危機の時代として受け止められた。異常な自然現象が世界の退廃と終末の微と解され る。「ドイツ神秘主義者ヤーコブ・ベーメやイギリスの共和派のような極端な場合は―アウグスティ-ヌス以来の正統的神学者がつねに峻拒してきたことだが― 神秘数による最後の審判日の予言さえ行われた」(69)。一七世紀合理主義は、「合理的〔自由な〕精神」と「因果的自然」の二元論をとり、後者を前者の合理性に服させることによって、「確実性の追求」の要請を充たす「新たなコスモポリス」を樹立したのであった。
村上淳一『仮想の近代―西洋的理性とポストモダン―』東京大学出版会(1992) 、p.174、注(2)

 さて、このような事態が、いかにして川北稔氏の言う、世界を「政治算術 Political Arithmetic 」の対象とするような成長パラノイア(Growth Paranoia=資本主義の誕生)に結びついたのか、ということが我々にとっての問題となる。その検討については、別稿とする。

|

« 「番付」の世界観 | トップページ | バルサとイブラが得たもの »

Stephen Toulmin」カテゴリの記事

川北稔」カテゴリの記事

村上淳一」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104369/50390877

この記事へのトラックバック一覧です: コスモポリスの転換 ( Transformation of Cosmopolis ):

« 「番付」の世界観 | トップページ | バルサとイブラが得たもの »