塩沢由典著『複雑さの帰結』NTT出版(1997)(2)
塩沢由典著『複雑さの帰結』NTT出版(1997)(1)、より
コンメンタール第1回目
です。プロローグ「複雑さの学としての経済学」p.3~p.24
■〈要約〉
インタヴュー記録を文章化したもので、話題もいろいろにわたってるので、要約は無理です。
■〈私のコメント〉
冒頭で展開している、「社会科学における複雑さの三つのレベル」を見てみましょう。
その三つとは
I.人間にとっての行動の条件として存在する複雑さ
II .社会システムそのものの複雑さ
III.人間の世界理解・世界認識の条件としての複雑さ
です。I は、それほど理解が難しいものではないでしょう。私流に換言すれば、「人間行動の与件(=制約条件)としての複雑性」という感じでしょうか。これを度外視しては、社会における人間行動を扱う〈社会科学〉の学問としての存在意義はゼロです。
次に、II ですが、これは多少理解しにくいところがあります。後段の説明をみると、歴史的形成物(historical
generation)として人間社会は複雑で、簡単に人間の認識対象としてその仕組みを十全に把握し、見通すことができない、ということのようです。その意味で、「観察者(または研究者)にとっての複雑さ」と言ってもよさそうです。そうすると、Ⅰは「行動者にとっての複雑さ」ともなりましょうか。
ただ、他所で「複雑さはある程度、人間能力との相対関係にも依存する」との発言もありますから、人間能力が無限に昂進するなら最終的には、複雑性は消失することになります。「合理性の限界」という不変の公理が担保として効いてますのでその心配は無用ではあるのですが。
III は私にもなかなか腑に落ちませんでした。塩沢が行っている説明では、人工知能研究や認知科学におけるフレーム問題をあげて、「白紙の状態からたち上げ」るところからすべてを始めるより、「ある種の思い込みで処理していく」ほうが実用的だ、と言います。これは換言すれば、ポアンカレや渡辺慧のいう〈heuristics=発見法〉、つまり、「当てずっぽう」のことで、確からしそうな行動の指針、のことでもあります。
なんで、そんなモノが役に立つのか、と言えば、通常の人間生活において、そういった「確からしそうな行動の指針」は、「時の篩(ふるい)」である程度鍛えられ、洗練されて「より確からしそうな行動の指針」へと〈進化〉するからです。
しかし、塩沢のその直後の、工場の立ち上げ、企業における知識地平の階層構造、といった例は、フラクタル現象と本質的には同様の「認識の入れ子構造」のことであって、どちらも大きく言えば〈人間の認知活動における複雑性負荷〉にまつわることではありますが、〈heuristics=発見法〉と「認識の入れ子構造」とは、基本的には別々の問題領域を構成するもの、であると思われます。単に、口がすべったか、塩沢自身が明確に弁別していないのかもしれません。
ただ、今後、複雑系理論が一つの〈知識理論〉として発展する時に、混乱の種になる可能性はあります。
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