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2011年2月13日 (日)

眼球は自分を制御するためにある(2)

 釜本邦茂はかつて、シュートを打つ際、決してボールから目を離さないこと、それがシュートをふかさないポイントだ、と言っていた。これは、単にボールの重心を正確にミートするための心構えだと理解していたが、実は、自分の足をボールの重心に正確に誘導するためのものであったのかも知れない。

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