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2012年1月10日 (火)

1945年の意味

 中世史家の故網野善彦は、戦後の日本社会が高度成長に入る前とその後(1960年前後)で、不可逆的な変化を遂げており、高度成長前の世界を知らない学生に、それ以前のことを伝えることがいかに難しいかを、いろいろなところで指摘していた。

 しかし、この問題は、日本だけのことではなさそうだ。以下に掲げるのは、現代日本で最もエクセレントなwebsiteの一つである、

社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune

からお借りしたデータ(4655「図録▽高額所得者の所得シェアの長期推移(日米英仏加5カ国比較)」)である。

4655

 理由や原因がなんであれ、第二次世界大戦前と後の世界は、全く異なる世界となっていることが非常に明確だ。戦前の日本(私はそれを《明治コンス ティテューション》と呼ぶ)は、他の先進国と同じかそれ以上に貧富の差が激しい社会だったが、1945年を境として、所得に関してフラットな社会になって いる。そしてこれは戦勝国、敗戦国に関係なく同じだった。非可逆で構造的な社会変動が資本主義全体に起きている。そして、1980年以降、英米系の国では戦前回帰の傾向がはっきり見て取れる。

 戦後資本主義の全般的な高成長は、この富の分配構造の変化(需要層の拡大)を元手に可能となったとも言えるだろう。

 第二次世界大戦がもたらした資本主義の分配構造の変化の理由、原因の分析は、稿を改めて試みることにする。

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コメント

ヒルネスキー様

ご紹介のサイトを訪ねました。

匠雅音氏の議論では、「情報社会」論があまり私には説得的ではありませんでした。なぜなら、徳川期の19世紀(化政期)には、この列島はある程度の情報化が進んでいたからです。《明治維新》の内戦が小規模で終息したのも、この徳川情報ネットワークに乗って、「公議輿論」が江戸人の共通理解になっていたからです。19世紀徳川日本は、工業化されていないbusiness society なのです。

識字化・革命・出産率低下(2)
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2009/11/post-5dad.html

にも書きましたが、識字率と出生率の相関は徳川日本にはあまりなさそうですし。私の読みが浅いかも知れません。

投稿: renqing | 2012年1月16日 (月) 04時44分

ヒルネスキー様、明けましておめでとうございます。また、重厚なコメントありがとうございます。

ちょっと重そうなので、ご指摘に関する応答は今しばらくお待ちください。

投稿: renqing | 2012年1月14日 (土) 07時52分

あけましておめでとうございます。
紹介したいと強く思えた評論と書評がありましたので時間がございましたらお読み下さい。

「単家族」の誕生 
http://coolboy.org/tankazoku/001.htm

図書館で借りて全部読んだ所エマニュエル・トッドの著作との併読が必要に思えた箇所が所々ありましたが、
情報社会への移行時の家族観の変更を20世紀(97年!)に論じたものの中では一番に思えました。
レヴィ=ストロースを超えているんじゃないでしょうか、思想家としての匠雅音(上記の『「単家族」の誕生』の著者です)は。


『声の文化と文字の文化』ウォルター・J. オング
http://arabic.kharuuf.net/archives/372
読み書き能力と状況依存的思考 A・R・ルリアの調査から
http://arabic.kharuuf.net/archives/374
カテゴリー的思考への固執、識字能力と思想変化の速度
http://arabic.kharuuf.net/archives/382

《読み書き能力がない人々がカテゴリー的思考を受け付けない「頑固さ」》
《一方で能力を身につけてしまった側も、カテゴリー的思考に固執し、かつ自分の「カテゴリーの分け方」に執着を示す》
《つまり、一旦カテゴリー的思考を習得してしまうと、ゲシュタルト的に「そうとしか見えない」状態が定着してしまい、なおかつこの象徴化自体が、個人のアイデンティティにとって重要な位置づけを得てしまう》
《トッドが識字率の向上が人口増加の抑制を招くというのは、単に適切な情報を得ることで家族計画に慎重になる、といった理由からではありません》
《識字率が一定のラインを越えたところ、つまり「親の世代の大多数は字が読めないが、子の世代は読める」という状況となったところで、多くの社会には革命的混乱が起きる、と言います》
《これを越えた辺りから、人口増加にブレーキがかかる、としています》
《つまり、識字能力がもたらすのは単なる「情報」ではなく、ものの考え方それ自体で、だからこそ社会混乱にも結び付くような思想的変化が起こるのでしょう。》

この辺り、さらりと書かれていますが、パラダイム・シフトの必要条件にして十分条件を述べた所に思えましたので。


上記の間の

『欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差』堀あきこ
http://arabic.kharuuf.net/archives/376

も興味深く読めましたが、衝撃度が・・・・・・。

投稿: ヒルネスキー | 2012年1月13日 (金) 18時38分

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