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2012年1月26日 (木)

系統樹思考は歴史学的思考か?/ Is phylogenetic thinking historiographical thinking?

三中信宏『系統樹思考の世界:すべてはツリーとともに』講談社現代新書(2006年)

 当方、歴史学の斬新な方法論に強い関心があり、本書を繙いた。本記事の最下段にある目次を見ていただければその可能性を感じるのは私だけではないだろう。 で、読了後、今ひとつすっきりしない。

 著者は、経時的変化したもの・ことを考察対象とするときの《系統樹》アプローチの重要さや面白さを、その博覧強記ぶりを総動員して、手を変え品を変え読者に訴える。それはそれで十二分に楽しめる。で、その目的は「失われた過去をいかに復元するか?」(本書帯)にある。

 そこで考え込んだ。私が史書を読むのは、「失われた過去を復元するためなのか?」と。そうも言えるかも知れないが、少々違和感が残る。私流にあえてこれを言い直せば、私が歴史を知りたいのは、「失われた《過去の意味》を発見するため」だと思う。

 「過去」を持ち、「過去」を知りたがり、「過去」を必要とするのは、人間だけだ(おそらく)。犬や猫は昔を懐かしんで回想に耽ったりしないだろう(たぶん)。その理由は、人のパーソナリティには、その人の生まれてから今日までの過去が含まれているし、生まれる以前の伝統でさえその人間の一部となっているからだ。

 すなわち起きた事実が確定していたとしても、その《意味》が全く変わったりしてしまうことがある。オセロゲームで盤面がほぼ埋まっている状態から、一つの駒が反転することで地の形勢が一瞬にして変わってしまうように、歴史の《意味》や《解釈》がそれと同じように変化してしまう時があると考える。

 つまり、人間にとり《過去》は積層構造になっているといえる。《事実としての過去》の上に、《意味として過去》が張り付いているわけだ。系統樹アプローチで分かるのは、過去に生起した《事実》であって、《意味》ではないだろう。ここら辺が、私の違和感の源泉のような気がする。

 ただし、経済学説史などで「有効需要論」の系譜といった理論史のようなもの、ドイツ歴史学における《概念史 Begriffsgeschichte 》、米国における《観念史 history of ideas 》などは、著者のいう系統樹アプローチをより意図的に使えば成果が現れるかもしれない。

 ものごとを理論的に捉えることに関心のある向きには、必読書だと思う。

〔追記 2016.06.15〕
歴史上の《事実》が同じでも、どういう文脈 context で解釈するかにより、その《意味》が全く異なる好例を一つ挙げておくことにする。
【参勤交代】
教科書的解釈《大名をコントロールするため、あるいは大名の財政力をそぐため》
当時の解釈《参勤義務という戦時動員システムの平時における部分解除。すなわち、帰国できることがむしろ特権》
※参照 弊記事:年頭所感(2014年)山口啓二『鎖国と開国』岩波現代文庫(2006年)

三中信宏『系統樹思考の世界:すべてはツリーとともに』講談社現代新書(2006年)
目次
プロローグ:祖先からのイコン――躍動する「生命の樹」 11
第1節:あれは偶然のことだったのか…… 13
第2節:進化的思考――生物を遍く照らす光として 15
第3節:系統樹的思考――「樹」は知の世界をまたぐ 19
第4節:メビウスの輪――さて,これから彷徨いましょうか…… 28

第1章:「歴史」としての系統樹――科学の対象としての歴史の復権 33
第1節:歴史はしょせん闇の中なのか? 35(*1)
第2節:科学と科学哲学を隔てる壁,科学と科学を隔てる壁 48
第3節:アブダクション:真実なき探索――歪んだガラスを覗きこむ 55(*2)
第4節:タイプとトークン――歴史の「物語」もまた経験的にテストされる 66

第2章:「言葉」としての系統樹――もの言うグラフ,唄うネットワーク 83
第1節:学問を分類する――図像学から見るルルスからデカルトまで 85
第2節:「古因学」――過去のできごととその因果を探る学 95
第3節:体系学的比較法:その地下水脈の再発見――写本,言語,生物,遺物,民俗…… 104
第4節:「系統樹革命」――群思考と樹思考,類型思考と集団思考 113

インテルメッツォ:系統樹をめぐるエピソード二題 131
第1節:高校生が描いた系統樹――あるサイエンス・スクールでの体験 133
第2節:系統樹をとりまく科学の状況――科学者は「真空」では生きられない 143

第3章:「推論」としての系統樹――推定・比較・検証 161
第1節:ベストの系統樹を推定する――樹形・祖先・類似性 163
第2節:グラフとしての系統樹――点・辺・根 168
第3節:アブダクション,再び――役に立つ論証ツールとして 176
第4節:シンプル・イズ・ベスト――「単純性」の美徳と悪徳 181
第5節:なぜその系統樹を選ぶのか――真実なき世界での科学的推論とは? 189

第4章:系統樹の根は広がり続ける 209
第1節:ある系統樹的転回――私的回顧 211
第2節:図形言語としての系統図 217
第3節:系統発生のモデル化に向けて 222
第4節:高次系統樹――ジャングル・ネットワーク・スーパーツリー 232

エピローグ:万物は系統のもとに――クオ・ヴァディス? 251
第1節:系統樹の木の下で――消えるものと残るもの 253
第2節:形而上学アゲイン――「種」論争の教訓,そして内面的葛藤 257
第3節:系統樹リテラシーと「壁」の崩壊 261
第4節:大団円――おあとがよろしいようで…… 263

あとがき 267
さらに知りたい人のための極私的文献リスト [291-273]
索引 [295-293]

〔参照〕
著者のサイト
MINAKA Nobuhiros nieuwe pagina

〔参照:関連弊ブログ記事〕
系統樹思考は歴史学的思考か?(2)
過去を探索する学問モデル
論語 為政第二 十七

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