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2012年1月16日 (月)

日本社会の構造転換〔続〕

 前の記事で、まつもとさんから、

ドイツなどは日本より人口転換のタイミングが若干早い(そして英仏より遅い)と思われるので、多産少死期が二度の大戦ともろに重なるのではないでしょうか。

というコメントを戴いたので、参考までにドイツの人口転換の図を記載しておきます。

Demographic_transition_in_germany


 上図からすると、第一次大戦や第二次大戦での軌道の逸脱を補正して考えれば、1900年には既に人口転換が始まっていて、1933年には完了して いると見ることが出来そうです。とすれば、まつもとさんがご指摘のように、このプロセスの期間(人口爆発期)がまるまる二度の大戦期だったことになりますね。20世紀に二度の大戦は、このドイツのyouth bulgeからの圧力と無関係だったと考えるのはあまり合理的ではないと言えそうです。

〔追加資料〕人口ボーナスと人口オーナス: 世界四季報



■参照
日本社会の構造転換
日本社会の構造転換(3)
日本社会の構造転換(4)

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コメント

>資本主義なるものも、長いスパンでみるとむしろ市場経済の機能不全あるいは循環障害のようなものなのかもしれません。

そうです。まさに

「合理性への逸脱」 Deviation into sense
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2010/09/deviation-into-.html

です。

投稿: renqing | 2012年1月24日 (火) 01時52分

そうですね。銀行経済にせよ租税国家にせよ、けっきょくは長期成長経済のサブシステム、ということになるのでしょう。

その意味では、投資が全部返ってこないで蓄積/膨張して行く資本主義なるものも、長いスパンでみるとむしろ市場経済の機能不全あるいは循環障害のようなものなのかもしれません。

投稿: まつもと | 2012年1月22日 (日) 09時14分

>あ、それは必要と十分が逆ではないのではでしょうか。

はい。間違えました。私のコメントは逆でした。ご指摘ありがとうございます。

>就労人口が裾野の広い製造業などでちゃんと収入を得ていれば、需要を刺激するので鶏と卵が正のループになるであろうとは思いますが。

そうですね。経済成長と人口成長が positive feedback の循環に入るには、幸運な初期条件がセットで必要です。

そもそも、人類史においての通例は、個体数(人口)と所得規模の拡大(経済成長)は negative feedback loop でしかありませんでした。人類史上初めて、この2変数が positive feedback loop の関係に入って、あまつさえlock in 状態になったこと。これこそが西欧資本主義の人類史上における特異性です。そういう歴史上の諸種の条件がたまたま同時に重なる特異な一致のこと、これを Max Weber は、「選択的親和性 Wahlverwandtschaften (Elective Affinities) 」と呼んでいます。

資本主義の本質は、資本家による労働者の搾取ではなく、経済成長であり、西欧近代から現代における経済成長は、人類史の例外である、という認識が必要ですね。我々のAfter Fukushima、はそこからしか始まらないでしょう。

投稿: renqing | 2012年1月22日 (日) 05時33分

あ、それは必要と十分が逆ではないのではでしょうか。人口ボーナスは必ずしも経済成長を意味せず、かつ高度経済成長のあるところにかならず人口ボーナスあり、ならば人工ボーナスが高度経済成長の集合を包含することになります。

おっしゃる通り、人口ボーナスが経済成長に関して不発で就労人口がインフレになった結果が、途上国の大都市によく見られる安価なサービス産業(ハウスメイドや飲食業その他)の異様な膨張なのだろうと思います。就労人口が裾野の広い製造業などでちゃんと収入を得ていれば、需要を刺激するので鶏と卵が正のループになるであろうとは思いますが。そのためには棚ぼた的初期条件や高い貯蓄率、安価な資源等の条件は抜かせないでしょうね。

投稿: まつもと | 2012年1月22日 (日) 02時18分

まつもとさん

良い資料をご紹介いただきありがとうございます。

人口ボーナス⇒経済成長
人口オーナス⇒不況

この議論は、因果関係が逆のような気がします。経済成長のおかげで人口ボーナスを吸収できたのであって、そうでなければ人口ボーナスは失業者の群れです。経済成長の原因は、膨大な新投資による需要の継続的な拡大です。それを支えたのは、技術革新による新奇な商品群の登場や湯水のように使える安い石油、等でした。少なくとも人口ボーナスは経済成長の十分条件ではあっても、必要条件とはいえないと思われます。

投稿: renqing | 2012年1月21日 (土) 03時31分

人口ボーナスと人口オーナス
http://4ki4.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-5932.html

アフリカやインド、南米が注目されるのもそういう理由なのでしょうね。ただ、1800年〜2000年あたりの工業化と高度成長の200年(ほぼアメリカ合衆国の存在期間に一致するわけですね)がくり返される可能性は低いと思いますね。市場フロンティアがはるかに狭く、資源コストははるかに高いわけですから。

投稿: まつもと | 2012年1月21日 (土) 01時29分

まつもとさん

>また、人口転換の時期がワン&オンリーの「高度成長の季節」と考えるならば、中国や東南アジアの大国は富裕国化のチャンスをすでに逸しつつある・・。

そうですね。第二次大戦後の資本主義国そろっての高度成長は、人口転換が終了して、賃金の二重構造に反転の兆しが出ていることと、石油価格のべらぼうな安さ、という幸運な条件が揃っているからでした。このマクロ的条件がなくなっている以上、経済成長による富裕化のチャンスはありません。そして、それ以外の経路で富裕化する経験を人類は持っていません。今後は分配構造の修正による《幸福化》を目指す手しかないでしょう。先進国も同じです。

投稿: renqing | 2012年1月20日 (金) 12時02分

それは労作!すばらしいです。

> 華人世界や東南アジアで今でも日常的な、家庭内のメイドが、現代日本で存在し得ないのは、この賃金革命と労働関連法のサポートのおかげです。

バンコクでは地方出身のタイ人メイドが不足して、ほとんどがミャンマー人なのだそうです。東南アジアでも人口転換の波は着実に訪れているのでしょう。

また、人口転換の時期がワン&オンリーの「高度成長の季節」と考えるならば、中国や東南アジアの大国は富裕国化のチャンスをすでに逸しつつある(いいか悪いかは別として)のかもしれません。

投稿: まつもと | 2012年1月18日 (水) 14時59分

まつもとさん

>ちなみに、これもほんかわ氏のサイトからでしょうか?あるいはオリジナル?

これは、wikipediaにあったセンサスデータをExcelでグラフ化したものです。ネット上でいろいろドイツの《人口転換》を検索しても見つからなかったので、やむを得ず私が作りました。

>追伸

タイミング的にはそうです。その持つ意味は日独では異なり、その衝撃は日本においてはより重いですが。華人世界や東南アジアで今でも日常的な、家庭内のメイドが、現代日本で存在し得ないのは、この賃金革命と労働関連法のサポートのおかげです。小泉内閣における、2004年の労働者派遣法の「改正」を代表とする一連の《労働の自由化》政策は、この戦後の流れに対する《反革命》と言えます。

>追々伸

そうです。1973年の田中内閣における年金給付額の大幅な引き上げは、当時の年金財政の大幅黒字を利用したものですが、この時から年金財政の論理が積立方式から賦課方式へと実質的に変化してしまい、年金制度の「ねずみ講化」が始まりました。そのため、今では、遅く加入すればするほど損をする仕組みとなっています。

投稿: renqing | 2012年1月18日 (水) 11時46分

追々伸 さらにいえば、人口転換収束のタイミングの違いが老人福祉をはじめ社会政策のちがいに影響した面も(それがすべてであると考えるのは危険だとしても)あるでしょうね。

投稿: まつもと | 2012年1月16日 (月) 14時34分

追伸 つまりドイツにとっての二度めの大戦が、日本では高度成長期に相当するわけですね(苦笑)。集団就職は「第二の出征」であり、戦死者が出ないかわりに大都市が膨張し、公害や核(原子力)開発が始まったと。

投稿: まつもと | 2012年1月16日 (月) 14時30分

ご教示ありがとうございました!ちなみに、これもほんかわ氏のサイトからでしょうか?あるいはオリジナル?

投稿: まつもと | 2012年1月16日 (月) 14時20分

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