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2012年9月29日 (土)

川北 稔 『砂糖の世界史』1996年〔要約〕

著者     川北 稔
書名     砂糖の世界史
出版社     岩波書店
発行日     1996/7/22
ページ数     208ページ
備考     岩波ジュニア新書 No.276

■プロローグ 砂糖のふしぎ
 世界中どこでも好まれ売れる商品、それを「世界商品」という。だから世界商品を独り占めにできれば巨大な利益を得られる。実は、十六世紀いらいの世界の歴史はそのときどきの世界商品をどこの国が握るか、という競争の歴史として展開してきた。そのもっとも初期の例が、ほかでもない砂糖だ。

■第1章 ヨーロッパの砂糖はどこからきたのか
 砂糖きびの栽培には、適度の雨量・温度が必要であり、また土壌を消耗するため、つぎつぎと新鮮な耕地を求めて移動しなければならない。そのうえ、精糖には奴隷労働のような規則正しい集団労働を必要としていた。だから砂糖きびはそのひろがった地域すべてに本格的な奴隷制度をもたらし生活習慣を一変させた。
 ヨーロッパ人が初めて砂糖きびの栽培と精糖の技術を知ったのはイスラム教徒を通じてだった。そのなかでもポルトガル人によってアフリカ・大西洋の島で奴隷による砂糖プランテーションが始まった。その後、コロンブスなどのヨーロッパ人によって砂糖きびが新大陸に持ち込まれたり、新大陸の有用な動植物がヨーロッパに持ち帰られて植物園などで研究された。こうしたヨーロッパとアジアや新大陸の間を動植物が行き交うことを「コロンブスの交換」と呼ぶ。ポルトガルはさらにアフリカから黒人奴隷を連れてきて砂糖プランテーションをブラジルに持ち込み大規模に砂糖きびを栽培した。十六世紀の世界の砂糖生産の中心はブラジルだった。

■第2章 カリブ海と砂糖
 世界の砂糖生産の中心は十七世紀にはカリブ海に移っていった。これはスペイン領であったジャマイカをオリバー・クロムウェルのイギリス政府軍が占領し、イギリス領にしたことが始まりである。こうしてヨーロッパ人は「世界商品」となった砂糖が目的で、大金を投じてカリブ海にプランテーションをつくり、そのプランテーションで働かせる労働力として、アフリカ人の奴隷を猛烈な勢いで導入した。この急激な変化を「砂糖革命」と呼び、その「砂糖革命」によってこの地域は砂糖きびしか作れない「モノカルチャー」となった。これが現代でもこの地域が発展途上国である原因である。また、アフリカ人をカリブ海へ連れ、そのアフリカ人奴隷によって作った砂糖をヨーロッパに輸出し、ヨーロッパで作ったものをアフリカで交換するという三角貿易は、ヨーロッパに莫大な利益をもたらした。

■第3章 砂糖と茶の遭遇
 砂糖はかつて甘味料としての役割より、薬品や装飾品といった高価な貴重品としての意味を持っていた。ところが十七世紀にカリブ海の島々で「砂糖革命」が始まると事態は一変した。徐々に安く大量に出回るようになったのである。人々の砂糖への需要をさらに刺激したのは、紅茶やコーヒーを飲む習慣が広まったためだった。特に、イギリスでは貴族やジェントルマンのあいだで高価な紅茶に高価な砂糖を入れて飲むのが流行となり、それが一般庶民にも急速にひろまった。それが可能だったのは、ヨーロッパとアジア・アメリカ・アフリカをつなぐ交易のリンクができあがり、イギリスがその中心に座ったことで、イギリス人は、茶や砂糖といった世界中の人々が生産したものを、もっとも安価に手に入れることができるようになったからである。

■第4章 コーヒー・ハウスが育んだ近代文化
 十七世紀の後半から十八世紀にかけて、ロンドンをはじめとするイギリスの都市では、コーヒーハウスが大流行した。ここでははじめはコーヒーが主体だったが、コーヒーは供給も続かず、入れるのが結構むずかしいこともあって一般家庭では普及せず、コーヒーハウスでも飲まれるのは紅茶ばかりとなり、コーヒーはその店に名を残すのみとなった。
 コーヒーハウスでは経済や自然科学といった様々な情報が飛び交い当時の情報センターの役割を担った。またそこでは新しい文学である小説が誕生し、政党も生まれた。そして砂糖やタバコなどで非常に豊かになったプランターたちのような、商人や市民がコーヒーハウスの文化を担った。

■第5章 茶・コーヒー・チョコレート
 紅茶はイギリスで普及し、イギリス以外のヨーロッパ諸国、たとえばフランスでは家庭内にあまり広まらなかった。その理由のひとつはイギリス以外のヨーロッパ諸国は良質のワインを自国で産することができるからである。また、イギリスには中国茶の取引で大成功した東インド会社があったことも大きい。フランスでカフェといわれるコーヒーハウスが現代でも残り、イギリスではコーヒーハウスは100年ほどで消えていった。その違いの理由は、家庭で入れるのが難しいコーヒーがフランスでは飲料として普及しカフェへの需要があったからだ。一方イギリスで普及した紅茶は家庭でも比較的簡単に入れられるのでコーヒーハウスを利用する必要がなかった。アメリカは独立する前、イギリスの植民地だったから飲料は紅茶だった。しかし今はコーヒーやコカコーラの国となっている。これは独立前にイギリス本国から重税を強いられイギリスとは異なる国という自覚が高まり、政治的に独立するだけでなく、文化的にも独立すべきだという考えが強くなったためだ。
 チョコレートも上流の人々の飲料として広まり、最終的には砂糖と一体化し世界商品として下層の人々にも普及した。

■第6章 「砂糖のあるところに、奴隷あり」
 砂糖やタバコのような植民地で得られる「世界商品」の取引は、莫大な利益をもたらしたので、イギリスやフランスは、十八世紀を通じて戦争を繰り返した。戦争は植民地確保をめぐる争いだったが、それとともに、スペイン領南アメリカ植民地にアフリカ人奴隷を売り込むのは誰かという点も重要な意味を持っていた。なぜなら、スペインは広大な南アメリカ植民地を持っていたが、アフリカには拠点がないため、砂糖プランテーションに必要な奴隷労働力を自前で得ることができない。そこでのどから手が出るほど奴隷を必要としたスペイン政府は奴隷を買い付けるアシエントという契約を外国と結んだが、これが巨額の利益をもたらしたからだ。
 こうして十八世紀を通じてイギリス、フランス、オランダ、ポルトガルが争い、最終的にはパリ条約においてイギリスが世界の貿易の支配権を握った。イギリス商人たちは奴隷貿易でかせぎ、奴隷の作った砂糖でかせぎ、砂糖プランテーションだけの各植民地へのイギリス製品の輸出でもかせいだ。イギリスは「豊かな社会」となった。

■第7章 イギリス風の朝食と「お茶の休み」 ― 労働者のお茶 ―
 イギリスの「砂糖入り紅茶」の朝食は、地球の両側からもちこまれた2つの食品によって成立した。イギリスが世界商業の「中核」の位置をしめたからこれが可能となった。これを「近代世界システム」とよぶ。紅茶は十七世紀に、イギリスの貴婦人のあいだの「ステイタス・シンボル」としてスタートしたが、近代世界システムの働きによって、紅茶も、砂糖も、しだいに下層民衆にまで普及した。ついにそれらは、産業革命時代のイギリス都市労働者のシンボルにもなった。

■第8章 奴隷と砂糖をめぐる政治
 十九世紀はじめのイギリスでは、食料政策が大転換を遂げつつあった。穀物にかんする世論が生産者、つまり地主や農業経営者を保護する立場から、都市の労働者を中心とする消費者や、労働者賃金を低くしておきたい工場経営者を保護する方向へと急速に傾いていった。そしてこれまで農業を保護してきた穀物法が1846年に廃止され、イギリスは東ヨーロッパやアメリカ合衆国や南アメリカからどんどん穀物を輸入するようになった。同じことは砂糖や紅茶にもいえた。極端に高い砂糖関税のため、イギリス植民地で生産されていた砂糖は労働者にとってかなり高価だった。そこで工場経営者を中心とする「マンチェスター派」は、砂糖プランターを中心とする「西インド諸島派」を奴隷貿易や奴隷制度批判というかたちで攻撃した。そして1807年に奴隷貿易の廃止、1833年にはイギリス植民地全域での奴隷制度の廃止が実現した。こうして「西インド諸島派」が崩壊すると1840年代につぎつぎと砂糖関税も引き下げられた。そして同じころ東インド会社による茶の貿易独占も廃止された。これらは、世界システムを利用して、労働者の「安価な朝食」を確保することを狙ったものだった。

■第9章 砂糖きびの旅の終わり ―ビートの挑戦―
 「世界商品」として砂糖が重要だったため、砂糖きび以外でも砂糖を生産する方法が求められ、ビート(砂糖大根)の開発が十八世紀から進められた。ビート栽培はかなり普及したが、それでも最近の世界の糖の生産ではやはり砂糖きび糖は60パーセントを占めている。しかし、現代の豊かな国では食生活が大きく変化し、カロリーをいかに少なくするかが中心となり、砂糖の歴史的使命はもはや終わろうとしている。しかし、砂糖が世界史を動かす原動力として燦然と光り輝いていた時期があることは忘れてはならない。

■エピローグ モノをつうじてみる世界史 ―世界史をどう学ぶべきか―
 モノをつうじて歴史をみることで2つの大事なことがわかる。ひとつは、各地の人びとの生活の具体的な姿がわかる。もうひとつは、世界的なつながりがひと目でわかる。
 歴史にはいろいろな見方があるが、いまや「世界はひとつ」なのだから、この本のように、「世界的つながり」のなかで、ひとつひとつ歴史上の出来事や状況をみていくことも大切だ。


読後感
 通り一遍の知識の羅列としての世界史ではなく、整合性のある歴史像を得るためには、こういう優れた史書を通読するべきだと思う。中高校生時代に、頑張って読んでおくと大人になったとき、他者の言説に簡単に騙されなくなるのではないか、と考えさせられた。
 クロムウェル政権がやらかした諸々のことが、後々のイギリス史、世界史に並々ならぬ帰結をもたらしている。この政権については宗教色を抜いて改めて慎重な検討が必要だろう。
 現代の我々にとって、《自由貿易》とか《グローバリゼーション》が歴史上いかなる“機能”を担ってきたのかを再考するのに、最適な本だ。必読。

《勉強になった点》
アメリカ独立運動の引き金になった「ボストン茶会事件」。高校時分からずっと、何かのお茶会から暴走したのかぐらいの認識だった。ここでの party は、政治勢力ないし政党の意味だった、とは初めて気付かされた。恥ずかしい。

《誤植》
1点あり。本書P.24,L.3「大西洋上のタヒチ島」とあるが、これは明らかに「太平洋上のタヒチ島」だろう。初版から24年も経ているのだから、訂正されてしかるべきだと考える。

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コメント

足踏堂さん

どうもご無沙汰です。

>最近読んだなかでは、岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』

はい。これはよさそうですね。読みたいです。周辺にいる高2が「受験で倫理を選択するんですけど、どう勉強したらいいですか?」と尋ねるので、この本を推薦して置きました。未読なのに。(笑)足踏堂さんから太鼓判を押していただけるなら大船に乗った気持ちでいられますね。

>いずれにせよ、中高生くらいで、教科書以外から学ぶということを「教わった」層は恵まれていますね。中高生時代に、そういうアドヴァイスが得られていればなぁ、と今読んでいて思います笑

同感です。ただ、人間それぞれにその青春と、人や本との出合いがあります。だから、こういった本と出合う代わりに別を大事な出会いを過ごされているのだろうと思いますよ。私自身はすぐに思いつかないのですけど(苦笑)。

投稿: renqing | 2012年10月10日 (水) 13時15分

縦横にこうした好著を読む方が、ひとまとまりの知識を単線的に得るよりもずっと効率的(学生にとってもコストベネフィットが良い)ですね。もっとそういう〈教育〉/〈学習〉が奨励されてよいと思うのですが、現行の「教育」は、「テストに出る所」という「効率性」を追い求めて、結局不経済になるという笑えない冗談が横行しているように思います。(って以前も書きましたね笑)

岩波ジュニア、いいですね。最近読んだなかでは、岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』が、やはり岩田氏のヨーロッパ思想史像がはっきりと映し出されていて、大変おもしろかったです。特に岩田氏のキリスト教理解は興味深く、ひとつの倫理書としても優れていると思います。

いずれにせよ、中高生くらいで、教科書以外から学ぶということを「教わった」層は恵まれていますね。中高生時代に、そういうアドヴァイスが得られていればなぁ、と今読んでいて思います笑

投稿: 足踏堂 | 2012年10月 8日 (月) 19時46分

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