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2012年12月31日 (月)

佐伯啓思 vs. 猪木武徳

最近、現在の経済学を巡る問題を論じた新書が二冊相次いで出版された。一つは佐伯啓思氏(京大教授)の手になるもの。もう一つは猪木武徳氏(国際日本文化研究センター、阪大名誉教授)のものである。

そこで試しに二著の目次の対照表を作成してみる。

著者 佐伯啓思 猪木武徳
タイトル 経済学の犯罪 経済学に何ができるか
サブタイトル 稀少性の経済から過剰性の経済へ 文明社会の制度的枠組み
頁数 326 259
発行年 2012年8月 2012年10月
判型 講談社現代新書 中公新書
章立て 第1章 失われた二〇年――構造改革はなぜ失敗したのか  はしがき
序章 制度と政策をめぐる二つの視点
第2章 グローバル資本主義の危機――リーマン・ショックからEU危機へ 第1部 自由と責任 第1章 税と国債―ギリシャ危機を通して見る
第3章 変容する資本主義――リスクを管理できない金融経済 第2章中央銀行の責任―なぜ「独立性」が重要なのか
第4章 「経済学」の犯罪――グローバル危機をもたらした市場中心主義 第3章インフレーションの不安―貨幣は正確には操作できない
第5章 アダム・スミスを再考する――市場主義の源流にあるもの 第2部 平等と偶然 第4章不確実性と投資―「賭ける」ことの意味
第6章 「国力」をめぐる経済学の争い――金融グローバリズムをめぐって 第5章貧困と失業の罠―その発見から現在まで
第7章 ケインズ経済学の真の意味――「貨幣の経済学」へ向けて 第6章なぜ所得格差が問題なのか―人間の満足度の構造
第8章 「貨幣」という過剰なるもの――「稀少性の経済」から「過剰性の経済」へ 第7章知識は公共財か―学問の自由と知的独占
第9章 「脱成長主義」へ向けて――現代文明の転換の試み 第8章消費の外部性―消費者の持つべき倫理を考える
 あとがき 一つの回想 第3部 中庸と幸福 第9章中間組織の役割―個人でもなく国家でもなく
第10章分配の正義と交換の正義―体制をいかにデザインするか
第11章経済的厚生と幸福―GDPを補完するもの
終章 経済学に何ができるか
あとがき
主要参考文献
人名索引
事項索引
推奨度 ★★★★☆ ★★★★☆

 本におけるタイトル、サブタイトルはその著者の凝縮した思いが塗り込められているものだ。それから判断すると、現状の経済学に対してネガティブなのは佐伯氏、ポジティブなのは猪木氏と予想がつく。 

実際の中身もそれに大きく違わないと言ってよい。 佐伯氏のものには洞察と批判的主張と未来へのパッションがあり、猪木氏のものには歴史的平衡感覚と知的懐疑主義がある。 そして立場の異なる2人の論者に共通する点が、貨幣(量)に対する制御可能性に対する強い危惧であることは興味深い。 

21世紀の資本主義経済に憂慮を持つ方は佐伯氏のものを主、猪木氏のものをそれに対する一種の解毒剤として読まれることを。また、現状の多様な経済問題を統一的に考えるのに何か良い手掛かりは無いかと探されている方は猪木氏のものを主、佐伯氏のものを経済学への一つの強い批判的問題提起として読まれることをお薦めする。 

両著への立ち入ったコメントは次回に。

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