人類史におけるヨーロッパの特異性(1)
《世界史》というより、《人類史》の見地から言えば、欧州の事跡が他の地域も同じような道をたどるであろう普遍的事実、ないし他の地域が学習し模倣すべき模範的事実とは言えない。《to be》ではないことは勿論、《ought to
be》でさえもない。このことは21世紀を迎えて約10年、既に明白になったといえる。
しかし、そのことは欧州人の事跡が人類史において無価値になったことを決して意味しない。欧州はその普遍性において人類史上に有意味なのではなく、むしろその特異性においてこそ甚大な影響力を今なお有している。
だから、與那覇 潤『中国化する日本』(2011年)
が、グローバルヒストリー研究に事寄せて、《近代化》=《西欧化》ではなく、実は《近代化》=《中国化》、と語ることにはにわかに合点がいかない。
なぜなら、かつて丸山真男がラッセルを引いたような、brutal facts は歴史的事実だからである。
B.ラッセルはかつて、中国文化にたいするヨーロッパ文化の優越は、ダンテ、シェークスピア、ゲーテ、が孔子、老子にたいして勝ちを占めたという事実に基づくのではなく、むしろ、平均的にいって、一人のヨーロッパ人が一人の中国人を殺すのは、その逆の場合よりも容易だという、はるかにブルータルな事実に基づくのだ、と辛らつな言を吐いたが、東洋にとっての「ヨーロッパ近代」はもっとも切実かつ具体的には、帝国主義と結びついた機械と技術を意味していた。
丸山真男『日本の思想』1961年、pp.27-28
だから、人類史的考察を求められている21世紀の我々の視点から重要なのは、人類史あるいは人類文明史上における欧州の特異性ということになるだろう。特に、《平均的にいって、一人のヨーロッパ人が一人の中国人を殺すのは、その逆の場合よりも容易だという、はるかにブルータルな事実》がどのような歴史的経緯、歴史的機序で出現したのか、を論理整合的に考察することだといえる。それには事実の掘り起こし、再評価、それを実行するための新しい理論的枠組みが必要だ。Max Weber の特異な分析道具である《選択的親和関係 Wahlverwandtschaften (Elective Affinities) 》や、梅棹忠夫の《系譜論と機能論の区別》などが一つのヒントなると思われる。
〔注〕丸山の引用するラッセルの原文は下記。
The fact that Britain has produced Shakespeare and Milton, Locke and Hume, and all the other men who have adorned literature and the arts, does not make us superior to the Chinese. What makes us superior is Newton and Robert Boyle and their scientific successors. They make us superior by giving us greater proficiency in the art of killing. It is easier for an Englishman to kill a Chinaman than for a Chinaman to kill an Englishman.
THE PROBLEM OF CHINA by BERTRAND RUSSELL, 1922,CHAPTER III
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