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2013年3月 2日 (土)

歴史におけるロゴスとミメーシス(2)

 関曠野の歴史における《模範と模倣のダイナミクス》の議論は、ある種の保守主義歴史理論と親和性が高い。

 例えば、Hume - Hayek conservatism がそれ。我田引水で恐縮だが、下記の過去記事をご参照頂きたい。

Hume - Hayek conservatism の理論的欠陥 (1)
Hume - Hayek conservatism の理論的欠陥 (2)
Hume - Hayek conservatism の理論的欠陥 (3・結語)
Hume - Hayek conservatism の理論的欠陥 (4・おまけ)

 しかし、全く同じとは言えない。Hume - Hayek conservatism は、人間の限界ある合理性のもとでも、法の下での平等と自由があれば、諸個人の選択の集合体としての物事は、自生的秩序(spontaneous order)へ遷移する(はずだ)という議論の立て方になっている。彼らにとっては、《自生的》=《善》なわけだ。

 一方、関曠野の《模範と模倣のダイナミクス》は、直裁にいえば、「良い模範→模倣→良い秩序」だけでなく、「悪い模範→模倣→悪い秩序」の可能性も排除しない。したがって、プロレタリアート独裁(実は共産党独裁)国家の成立も不思議ではないし、磐石に見えた徳川公儀体制の見る間の自壊やベルリンの壁崩壊のような事件は、

どんな秩序もそれを成立させている模範が説得力を失えばガラス細工のように壊れてしまう

という議論の有力な事例ということができるだろう。

歴史におけるロゴスとミメーシス(3)へ続く(かもしれない)。

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