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2013年12月31日 (火)

ひとつの徳川国家思想史(12結)

尾藤正英「尊王攘夷思想」、岩波講座日本歴史13、近世5(1977) 所収
内容目次
一 問題の所在
ニ 尊王攘夷思想の源流
 1 中国思想との関係
 2 前期における二つの類型
三 朝幕関係の推移と中期の思想的動向
四 尊王論による幕府批判と幕府の対応
五 尊王攘夷思想の成立と展開

■《評価》

尾藤氏のこの論文は、徳川日本における見事な国家思想史となっている。あるいは徳川ナショナリズムの思想史か。その重要性からいって、国制史における、石井紫郎「近世の武家と武士」(岩波・日本思想大系27巻『近世武家思想』1974年 所収)に匹敵すると考える。徳川思想史や幕末・明治維新史、明治建国神話の解体等に関心のある向きには必読の名論文である。当然、尊王攘夷思想を調べたいなら必ずリファーすべき文献。したがって、この関連の文献なら必ずリファーされている。

しかし、残念ながらその収められているのが、今では誰も見向きもしないであろう、岩波講座日本歴史の旧いエディションだ。そんなもの図書館でも開架に置かないし、書庫も狭い自治体図書館なら廃棄処分されかねない代物。amazonの中古で送料込みで400円で購入したほうがまだアクセス可能だろう。

■ご逝去
その尾藤正英氏は、2013年5月に逝去された。89歳の長寿だったが、この徳川思想史の泰斗には、不思議なことに、岩波書店『江戸時代とはなにか』を除くと、これまで本格的な論文集や Collecting Works に類するものがない。恐らく関係各位が急遽企画中だとは思うが実に困ったものだ。

尾藤氏には、本論文のほかにすぐ思いつくだけで、

尾藤正英「国家主義の祖型としての徂徠」(1974年)
※徂徠の近代主義的解釈をひっくり返したもので、現代の学界の徂徠解釈のベースになっている。最近、荻生徂徠「政談」講談社学術文庫版に収められた。

尾藤正英「正名論と名分論」(1979年)
※いわゆる「大義名分論」や藤田東湖幽谷の「名分論」が、実は儒家伝統の「正名論」と如何に似て非なるものであり、徳川日本独特のものであるかを論証したもの。なお、この件については、本シリーズ中の、「ひとつの徳川国家思想史(11)」も参照されたし。

などがあり、探せばまだあるだろう。私もその全貌を知りたいと思う一人である。

少しでも早い、著作集(あるいは個人全集)の刊行を関係各位にはお願いします。
また尾藤氏の仕事から裨益している一人として、氏のご冥福をお祈り申し上げます。

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