存在するものは「知り得るもの」だけではない(3)
■見えるものと隠れているもの
日常用いているありふれた言葉が、その組み合わせや、発せられる時と場合によって、とつぜん凄い力をもった言葉に変貌する。そこにこそ、「言葉の力」の変幻ただならぬあらわれがあり、そこにこそ言葉というものを用いることの不思議さ、恐ろしささえあるということだ。なぜこういうことが生じるのだろうか。
結局のところ、事柄は次の一点に帰着するだろう。つまり、われわれが使っている言葉は氷山の一角だということである。氷山の海面下に沈んでいる部分はなにか。それは、その言葉を発した人の心にほかならず、またその心が、同じく言葉の海面下の部分で伝わり合う他人の心にほかならない。私たちが用いている言葉は、そういう深部をほんのちょっぴりのぞかせる窓のようなものであって、私たちはそれをのぞきこみながら相手の奥まで理解しようとたえず努めているのである。
大岡信『ことばの力』花神社(1987年)、pp.20-21
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