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2014年5月 2日 (金)

18C末徳川期の諸資源の相対価格

ある雑誌エッセイ*に徳川天明末から寛政初における、経済諸資源の相対価格がわかる非常に興味深い史料が記載されていた。ご紹介する。

有体に言って、出版物の原価の内訳だ。

当該の書は、寛政期の松平定信の《紀律化》革命(これを保守反動と呼びたい向きもあるだろう)のあおりで自費出版計画が水泡に帰し、憤死した林子平『海国兵談』である。


費目 コスト 構成比(%)
金貨部分 銀貨部分 (金貨部分 のみ)
彫賃 26両1分
12.6
113両1分 5匁 55.1
表紙 33両1分 5匁 16.1
縫糸 10両3分 5匁 4.9
摺賃 6両2分 10匁 2.9
仕立賃 16両2分 10匁 7.8
外題料 1両2分 10匁 0.5
合計 金評価合計 208両3分 労働コスト
銀評価合計 12貫525匁 23.3 %

上記の表で一目瞭然だろう。徳川期経済で最も business 化と大量生産方式が進んでいたのは、恐らく出版の分野だと思われる。その最先端分野で、労働という経済資源のコストは2割強である。それは労働生産性が高かったというよりむしろ、紙代(55.1%)に象徴されるように、素材コストの方が圧倒的に高かったことの帰結と評価すべきだろう。

すなわち、徳川経済において、「人の価値(相対価格)は安価で、モノの価値(相対価格)は高価だった」わけだ。

したがって、事業者(businessman)が経済合理的なら、相対的に高価な素材の投入をなるべく節約しようとなる。社会全体としても、資源リサイクル志向が徹底して高まるだろう。だから反古紙の再利用、古着屋、糞尿の回収業、社会のありとあらゆる物的資源にリサイクルの仕組みが徳川期に整備されたのは当然のことと理解できる。寺子屋で紙の裏表が真っ黒になるまで何度も手習いに使われたのも、高価な紙であれば当り前だ。

日本近世経済史において、「勤勉革命 Industrious Revolution」なる仮説がある。西欧のような経済発展経路(労働節約資本投入→産業革命Industrial Revolution)ではなく、日本的・東アジア的経済発展経路(資本節約労働投入→勤勉革命)というストーリーである。速水融スクールでは、日本人の勤勉性エートスの起源をそこに求める。

しかし、エートス云々は別にして、《投入≦産出》こそが人類の経済活動のアルファでありオメガだとすれば、投入される諸資源のうち、相対的に高価なものは節約し、できるだけ安価なもので代替する、のは当り前である。そうしなければ、《投入≧産出》となってしまい、経済全体の長期的・継続的な再生産が成り立たない。

だから、徳川期の経済システムにおいて、全体としての合理性が貫徹されなければならないとすれば、《労働》と《資本》という2大経済資源のうち、相対価格において、
《労働》<《資本》
であれば、
《資本節約+労働投入》
の資源投入パターンにならなくてはならない。

そして、《労働》<《資本》and《土地》、という相対価格パターンは、人口増と徳川氏の管理貿易体制(=海禁策)に起因する。もし、海外の(相対的に)安価な資源(穀物、木材や金属)が自由に輸入可能であれば、《資本》財価格の引き下げだけでなく、《土地》の相対価格の引き下げをも可能にする。なぜなら安価な海外穀物を輸入することで列島内の土地という希少資源の耕地使用を結果的に減らすことを可能にするからである。

18C末徳川期の諸資源の相対価格(2)、へ続く(たぶん)。

*季刊『創文』2014春NO.13、村上哲見「江戸時代出版雑話」pp.1-3

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コメント

ようやくこのページ、再発見しました。どこに書き込んだのか、忘れていました。

紹介いただいた下記の2著、ようやく読み終えました。2冊ともすばらしい本でした。具体的な感想は各本の書評のコメント欄にします。

川北稔『イギリス近代史講義』
森杲『アメリカ職人の仕事史:マス・プロダクションへの軌跡』

投稿: 塩沢由典 | 2015年6月16日 (火) 07時12分

塩沢由典様

関連資料のご紹介ありがとうございます。
de Vriesの本が、2008年刊行とのこと。
これは意外に感じました。速水氏のde Vriesへの違和感のコメントは、それよりかなり早い時期に読んだ記憶があるので。
私は上記のde Vriesの本は、すっかりReprintと思い込んでいました。
そこで少し検索したところ、
Jan de Vries, The Industrial Revolution and the Industrious Revolution,
The Journal of Economic History / Volume 54 / Issue 02 / June 1994, pp 249-270(Cambridge)
というのが引っかかりました。これがde VriesのIndustrious Revolution論の初出なのでしょう。
一方の速水氏の勤勉革命論のアイデアは、1976年社会経済史学会大会共通論題報告(単行本では1977年)が初出、とのことですので、速水さんには、「言いだしっぺの私を差し置いて、同じ語彙を違う内容で使うとは何だ」という不満があって、de Vries への議論に過小評価のバイアスがかかったのかも知れません。
また、慶応大学は新古典派の牙城のひとつでもありますから、経済学が伝統的に有する生産力史観(⇔流通・商人・消費・貨幣への軽視)からの無意識的な刷り込みが災いした可能性もあります。

上記の点も含め、速水テーゼの再検討の際に触れてみることとします。

投稿: renqing | 2015年5月20日 (水) 01時55分

5月8日の記事の続きです。ド・フリースの勤勉革命論米山秀さんの『近代イギリス家族史』の一章に取り上げられていると知り、取り寄せて読んでみました。

表題どおり、イギリスの近代家族史の歴史を扱っていて、ラスレットとかサースクが出てくるとか、かれらの研究がイギリスの研究史の中に位置づけられるなど、いろいろ教えられるところが多かったですが、肝心のド・フリースの勤勉革命論が意外に簡略ですこし残念でした。

それに取り上げられているのが、ド・フリースの「勤勉革命」という同じタイトルの論文だけだったので、えっと思ったのですが、よく見ると、米山さんの本は2008年2月、de Vries のThe Industirous Revolutionは2008年6月で、de Vriesの本の出版前の本でした。これでは、本の方の内容が紹介されていないのは当然でした。

投稿: 塩沢由典 | 2015年5月19日 (火) 20時45分

川北稔『イギリス近代史講義』
森杲『アメリカ職人の仕事史:マス・プロダクションへの軌跡』

いずれもおもしろそうですね。

川北さんがこうした議論していることは知りませんでした。いまはちょっと事情があって読めませんが、そう遅くないうちに読んでみます。

森杲の本は「アメリカ経済の通史」であると紹介されていました。いままでアメリカの経済史はまったく読んだことがなく、いちど読む必要を感じていました。最初の入門として、おもしろそうです。

投稿: 塩沢由典 | 2015年5月14日 (木) 00時51分

塩沢由典様 5/9(土)付コメントへのres

コメントありがとうございます。
ご指摘のように、原価計算上の労働費用の比率の高低と、労働という投入資源の(相対)価格は、第一次的には別のカテゴリーでした。採用される技術によって(原価に占める)労働費用比率が高くも低くもなりますね。

したがって、原価計算のデータだけで、諸資源の(相対)価格を議論することは無理がありました。

労働集約的技術と労働節約的技術のどちらが選好されるかは、投入労働の単位あたり(相対)価格が長期的に(timeseries)でどう変化するかに左右され、原価計算表のようなcrosssection dataだけでは議論できません。ただ、速水氏の議論は、徳川前期(17世紀)が焦点ですから、その時期の実質賃金の時系列データはさすがに数量経済史でもないでしょうが。

北米合衆国での、(生産)技術史に関しては、下記の素晴らしい文献(特に第四章)をご一読ください。イノベーションの技術史が一筋縄でいかないことが如実に感得できます。

森杲『アメリカ職人の仕事史:マス・プロダクションへの軌跡』中公新書1996年
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2015/04/1996-112f.html

速水氏の「勤勉革命」仮説に関しては、自分の意見をまとめておく必要は感じていましたので、どこかで整理する記事を書くことにします。

投稿: renqing | 2015年5月12日 (火) 12時23分

塩沢由典様 5/8(金)付コメントへのres

コメントありがとうございます。
Jan de Vriesの 'Industrious Revolution'については、速水氏ご自身が「自分とは全く異なる」というコメントを残していました。それがどの論文でだったかは、すっかり忘れてしまいましたが。速水氏からのそういう発言のため、de Vriesの議論は日本で事実上無視されたのでしょう。
日本でde Vriesと立場がかなり近いのは、川北稔氏の議論です。下記の弊ブログ記事をご参照下さい。
川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書(2010年)(1)
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2010/11/2010-0a9e.html
川北氏は、初め賃労働(現金収入)が女・子どもの働き口として開始されたことを指摘しています。身分社会では、成人男子はその階層に関係なく、社会の正式なメンバーとして組み込まれます。貴族といえども、女・子どもは実はその付属物すぎません。すると身分階層が低くなればなるほど(貧困であればあるほど)、現金の魅力は抗し難く、家父は女・子どもの賃労働を許可せざるを得ない。また、成人男子はそれまでの労働意識・スタイルにおいても旧来の社会に固く組み込まれていますから、実は賃労働(工場労働)に当初は全く不向きだったため、雇主も扱い難い成人男子よりもエートス的に柔軟な女・子どもをより選好しました。当然、その収入は家計に繰り入れたでしょうが、現金を稼ぎ出す女・子どもに対して旧来の家父長権はなし崩しになります。すると女・子どもにも手元に現金が幾ばくかは残り、彼らが嗜好する「小消費」財への需要は拡大し市場が成立します。上層身分を中心とする前近代の「大消費」から、下層身分を中心とする「小消費」へ、これが「資本主義」「賃労働」「消費財市場」を同時に成立させた内生的要因です。ただし、川北氏(や世界システム論に近い人たち)は、イングランド資本主義が大英帝国を作ったのではなく、大英帝国がイングランド資本主義を結果的に創出したと主張しますので、よりマクロの因果関係を重視しますが。
de Vriesの 'Industrious Revolution'に関しては、ご他聞にもれず未読なので、一度読んでみます。
上記の議論は、弊ブログ
資本主義の生成と都市化
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2011/11/post-b493.html
でも、塩沢さんの議論と絡めて簡略に書きましたのでご笑覧下さい。

投稿: renqing | 2015年5月12日 (火) 11時49分

労賃の比率が問題になっています。いまでは、もっと詳しい統計はいろいろあるでしょうが、たまたま読んでいた論文に労賃の比率に関する記事があったので紹介しておきます。

1945年アメリカ合衆国南部の58企業に関する平均です(アンケート方式で450通送られた質問票のうち、有効回答数が58)。雇用者数の平均は約300人(8人から8,200人)でした。(p.64)

労働費用の全平均は29.3%、業種別では靴・皮革23%、塗料24%、家具25%、化学品31%、綿製品33%、ファッション靴下33%、ストーブ33%、金属加工39%。この当時のセンサス・データ(?)では、製造業の労働費用比率は20%前後であると補注されています。(p.66, note 7)

出所: Richard A. Lester (1946) Shortcomings of Marginal Analysis for Wage-Employment Problems, The American Economic Review, Vol. 36, No. 1 (Mar., 1946), pp. 63-82.

江戸中期の出版の労働費用比率が23.3%というのは、20世紀中葉のアメリカの靴・皮革23%、塗料24%、家具25%と比べても、とくにその比率が低かったとは言えないと思われます。もちろん、本格的な議論をするには、もっと長期に渡る比率の比較が必要でしょう。

ただ、これが労賃が低く、他の資源・物資が高かったことの反映かというと、そこは注意が必要です。労賃が相対的に低くても、技術が労働集約的なものに変化すれば、労働費用比率は一定か、場合によれば高くなることが可能だからです。

労賃が相対的に(なにと比べて/どこと比べて?)低かったとしても、それによって技術が労働集約型になる(すくなくとも労賃の原価構成比で)とは限りませんし、その逆も成り立ちません。ここが速水融先生の勤勉革命論、Allenらの産業革命論のよわいところではないでしょうか。

投稿: 塩沢由典 | 2015年5月 9日 (土) 17時50分

速水融先生の「勤勉革命」についてなんどか議論されています。わたしもこの仮説に興味をもっています。

ただ、これについては、Jan de Vries のThe Industrious Revolution / Consumer Behavior and the Household Economy, 1650 to the Present, Cambridge University Press をぜひお読みください。わたしが気づいたというより、韓国・ソウル大学での研究会に参加したとき、進化経済学を現代に復活させたRichard Nelson教授にぜひ読むべきだと勧められました。

表題がおなじなので、内容も同じようものかと、日本ではあまり評価されていないようなのですが(よくは知りません)、これは速見先生の勤勉革命とはまったく別の観点からの勤勉革命論です。このプログの「エートスの進化(1)(2)」(2008年4月25日、28日)でも議論されていますが、エートス論では、なぜ勤勉という習慣が江戸時代に確立していったかという問題があります。De Vriesは、オランダの経済史をもとに、現金で買いたいものが次第に増えていたたために、人々が外に出て働きたい(賃労働)と考えるようになった、それが勤勉革命であり、これが後の産業革命を準備した、と考えています。

De Vriesは、この変化を立証するのに、オランダの遺産相続書の変化を100年単位で調べて、貧乏人でも(貧乏人が遺産相続書を書き残すというのが日本にはないことだと思いますが)残す財産の点数が増えていることなどを指摘しています。

エートス論の弱いところは、「エートスの進化(1)(2)」にも指摘されているように、「勤勉エートスそのものがいずこからやってきたのか」という問題がどうしても残ります。この難点をde Vriesの勤勉革命論は、いちおう逃れていると思われます。

速水先生の勤勉革命論は、基本がイギリスでの産業革命論(後で説明)に対応するものです。それは、江戸時代の価格構造が相対的に賃金が低く、もの(とくに機械やエネルギー)の値段が高かった、だから労働多投入型の技術変化が進行した、としています。これがイギリスでの産業革命論に対応するというのは、R.C.アレンなどの考えている説明を指します。速水先生がちょくせつアレンからヒントを受けることはなかったはずです(逆の関係はあるかもしれません)。

アレンの考えは『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』(NTT出版、2012)に現れています。この本は、原題(Global Economic History / A Very Short Introduction)が示すように、最新のグローバル経済史へのすばらしい入門書ですが、その中で産業革命は重要な主題です。ここでのアレンの説明は、イギリスでは、賃金が他のヨーロッパ諸国にくらべてとりわけ高かった。それが労働節約型の技術革新を刺激し、産業革命につながったというものです。この全部を否定するつもりはありませんが、これでは産業革命には大量の賃労働者の出現が必要だったというマルクスや宇野弘蔵の考えはまったく無視されてしまいます。De Vriesの説明は、むしろ後者の考えをバックアップするものでしょう。

投稿: 塩沢由典 | 2015年5月 8日 (金) 20時51分

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