大人の時間、子どもの時間
『ゾウの時間 ネズミの時間
』という科学啓蒙書のロングセラーがある。本記事のタイトルはそれをちょっとマネてみた。
件の書では、寿命を一回あたりの心臓の鼓動時間で割ると、哺乳動物であればその体のサイズに関わらず一生の間にみな二十億回打つのだから、百年近い寿命を持つゾウも数年の寿命のネズミも、《生きられた》時間は同じではないか、という非常に興味深いメッセージを提示していた。霊長類やヒトという例外はどうするの?という専門家からの異論はあるようだが、ま、それは良い。
いま、私も馬齢を十分に重ねたため、この頃よく思うのである。十年前の自分から今の自分に変化があったように思えない、と。残念ながら、古い写真と鏡の中の己を見比べれば、容姿の局所的変化にはがっかりせざるを得ないのだが、それでもあまり「変わった」気がしない。そのいっぽうで、十年ひと昔の伝で、数十年があっという間という実感がある。有体に言って、歳をとると「時が経つのは早い」のである。
しかし、子どもは1年間もあれば劇的に変化する。とりわけ、小学校高学年あたりから中学生にかけては劇的に変化する。しかしながら、子ども時分を一生懸命思い起こしてみると、「時がなかなか経たない」感覚が残っている。「もう幾つ寝るとお正月」である。いちいち数えるくらい、一日がなかなか終わらない。つまり、子どもにとって「時が経つのは遅い」のである。
子どもは体細胞の分裂が活発で、生まれる細胞が死滅する細胞の数を上回るので、どんどんそのサイズを大きくしていく。発育の止まった大人はその逆で、体細胞の分裂速度がゆっくり低下していくにも関わらず、細胞劣化の速度は有難い《エントロピー増大則》のおかげでそれほどは変わらない。これが老化だ。だから老人はサイズが小さくなっていく。
まとめる。
身体の変化の激しい子どもの時間はゆっくり流れ、体がゆっくりと劣化していく大人の時間は速く流れている
これはどうした訳であろうか。
私流の解釈はこうである。
自然界の変化の速度はほぼ一定である。一日約24時間。一年で365日。ところが、相対的に子どもの身体変化(成長)率は激しい。大人の身体変化(老化)率ゆっくりである。つまり、
自然界の変化速度(一定) | < | 自然界の変化速度(一定) | ||
子どもの身体変化率(大) | 大人の身体変化率(小) |
分子一定のもとで分母が小さくなれば、その数は大きくなる。この数を「時の(主観)速度」と呼んでおく。
子どもの時間感覚と大人の時間感覚の違いを絶対的に評価することはできなくとも、相対的にであれば、同一人物(システムの内部観測者)において「時の(主観)速度」は、子どもから大人になるにしたがって増大すると言えるのではないか。
※最近知ったのだが、分数のあの真ん中の棒、あれにはちゃんと名称がついていて(当り前か?)、括線(かっせん)というのだそうだ。英語では vinculum(ヴィンキュラム)。さすが馬齢を重ねてきただけはあるな、と一人情けない悦に浸った次第。
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