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2015年2月 9日 (月)

中野好夫『文学の常識』角川文庫(1961年)

 本書は、はしがきによれば、3回連続の文化講座と一つの講演を編集し、加筆してなったものとのこと。整然とした文学概論を目指したものではなく、読物というのが著者の言だ。しかし、まとまった文学論の類は読まない当方としては裨益するところ多かった。

 興味深かったのは、7つ目のエッセイ「文学と道徳 ―アリストテレスのカタルシス論―」と、次の「近代小説の起源と発達 ―近代リアリズムについて―」。

 前者は、改めてアリストテレスの重要さに気付かせてくれた。なんて、私が言わなくとも、アリストテレスがヨーロッパ知性史において「諸学の王」として長く君臨してきたことは常識だが、全く個人的な自覚としてその重要性に感じ入った。特にその「詩学」が。

 アリストテレス「詩学」は、私の複雑系研究と深い関連があり、とりわけ「習慣論」の観点から、彼のミメーシス論、行為知性(フロネーシス)論、等と理論的親和性を有している。そこで、昨年、初めて岩波文庫版の「詩学」を少しずつ読みはじめていたのだが、昨年は後半からいろいろ私事にとりまぎれて、理論的考察に真正面から取り組むことがズルズルとできないでいた。本書ではカタルシス論の面から改めてアリストテレス「詩学」に注目することを私に強いていて、そろそろ読み止しを復活させて読了する潮時を知らせてくれた。それが上記リンク

 中野の紹介してくれているカタルシス論で一つ合点がいったことがある。俗物根性の塊であるアメリカ人が、ハリウッドでゾンビー映画等の荒唐無稽の、まぁくだらない(笑)映画を性懲りも無く繰り返し作り、かつ商業的にペイするのはなぜなのか、昔から不思議だった。

 しかし、文学や物語がそれを享受するものたちにある種のカタルシスを提供する機能があり、その手のカタルシスを必要とする一群の人々が一方でいるのだ、と考えれば整合性はとれそうだと気付いた次第。

 反知性主義の歴史的底流を持つアメリカ では、本という媒体はそれほどの影響力は持ち得ない。したがって、本のもつカタルシス効果には限界がある。ハリウッドは、教養のない(=本を読む習慣のない)大部分のアメリカ人に向けて数少ない、現実に対するオルターナティブな物語を提供してくれる功徳を齎しているのだろうと考えれば合点もいくというものだ。

 後者の「近代小説の起源と発達 ―近代リアリズムについて―」では、Samuel Richardson (1689-1761) なる成功した印刷業者が、近代小説の父である、なんてことを、恥ずかしながら初めて知ったことが一つの収穫。Pamela(1740) という書簡体の読物が(結果的に)後年の近代小説のはしりだと文学史家は考えているらしい。ルソー「新エロイーズ」(1761年)などの大陸の小説勃興にも影響を与えている由。18世紀は西欧において庶民が「ものいう人々」として歴史に登場し始める時代なのだろう。それが、貴人や超人がヒーローとなる《英雄譚》=叙事詩(作り手も享受者も尊貴な方々)、に代わって庶民が主人公となる《凡人譚》=近代小説(作り手も読者も下々のひと)、が誕生する意味なのだ。

 アリストテレス、とりわけその「詩学」は、複雑系研究に極めて重要なインスピレーションを与えてくれるものであることは、実はカタルシス論からも明確になったので、なるべく近いうちに読了し、その理論的分析を素描してみるつもりだ。          ※それが↑リンク

中野好夫『文学の常識』角川文庫(1961年)
はしがき
文学の多様性 ―定義の困難について―
文学の三つの条件
文学を成り立たせているもの ―真実の追究―
文学における模写と表現 ―芸術の発生と発展―
文学の基盤としての「人間」への興味(1)
文学の基盤としての「人間」への興味(2)
文学と道徳 ―アリストテレスのカタルシス論―
近代小説の起源と発達 ―近代リアリズムについて―
付録 どんな文学作品を読むべきか
解説 佐伯彰一

アリストテレース『詩学』ホラーティウス『詩論』岩波文庫(1997年)

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