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2015年6月14日 (日)

解釈学 Hermeneutik としての進化論

ある所与の環境における「選択圧」とそこに生息しているある個体(あるいは種)の変異には、事前に結びつく「必然性」はない。

ところが、ある個体のある日付(タイムスケール)と場所を持った変異が、ある日付(それより長期のタイムスケール)と場所で、ある「選択圧」にかかるとそこにリンケージが発生してしまうことがある。「変異」と「選択」との間には、事前合理性はない(場合の数が多く、複雑すぎて最適なものを事前に推論できない)が、いったんリンケージが発生すると、事後(歴史的)合理性が成立する。コントやマルクス、エンゲルスといった19世紀人は隆盛を誇る当時の「natural science」の成功に幻惑されていた。事後的にしか人間には認識できない「合理性」をくるっと向きを変えて未来に投影できると「発見」し、狂喜乱舞したのだろう。

今でも、工学的なバックグラウンドを持つ論者は、未来の「予測」に熱中する。人文的な知的背景を有する論者は過去の「解釈」に執着し、未来予測については消極的だ。志向性(嗜好性)が全く逆向きなのである。

生物進化学、自然人類学や地質年代学は natural science に分類されるが、その学的ロジックは「解釈学Hermeneutik」だというべきだ。

他サイトのコメント欄に書いたのだが、ちょっと自分のサイトにも残しておこうと思った次第。二番煎じで悪しからず。

〔参照 弊ブログ記事〕
ダーウィン進化論の本質(The essence of Darwinism)

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