明治の立身出世主義の起源について(4)
貴重なコメントへの返信の義務もあるのだが、ちと書きたいことも出たのでそれを先に書かせて頂く。恐縮。
■「立身出世主義」は、Weberの「資本主義の精神」と等価か?
この二つは異なる。
■Weberのビジョン
Weberは、資本主義のメンタリティの特徴を「世俗内における禁欲」と捉えた。
未来(あるいは彼岸)において、より多く稼ぐ(あるいはより徳を積む)ために、今の欲望を我慢する。現世に踏みとどまりながら、現世を越える価値のために、現世の享楽を拒否する。生身の人間による強烈な自己抑制。世俗内での現世拒否。こういうメンタリティがWeberの言う資本主義のエートスである。
一方、カトリックを含む世界の様々の宗教には、どこでも「世俗外での禁欲」は存在した。いわゆる、仏教寺院内での禁欲(剃髪、独身、精進料理etc.)や、修行僧、修道院での禁欲、など。
しかしながら、世俗の真っ只中で、特定の志向性を持って「行動的禁欲 aktive Askese」*となったのは、カルヴィニズムを典型とする禁欲的プロテスタンティズムのみである。
*マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』1972年みすず書房、p.66、p.103
多数の人間群による「行動的禁欲」のみが、歴史上の西欧近代の産業資本主義を誕生させ、離陸させた。
すでにドライビングしている資本主義にはそんな精神は不必要かもしれない。しかし、前近代人において共通する、現世肯定(=現世の幸福に充足する精神)では創出し得ない、血縁の紐帯をもクールに切断する、《近代》資本主義を、歴史上のただ一回の機会に生まれさせたもの。
それが、「世俗内における現世拒否」、「行動的禁欲」のエートスであり、それを生み出したのは、世界史上、初期近代における禁欲的プロテスタンティズム諸派のみだった。
これがWeberのビジョンだ。
しかしながら、これは敬虔で禁欲的プロテスタントであり、純度の高い宗教的人間であった母親の抑圧下で苦悶し、そこからの脱出を必死で追い求めた、(恐らく躁うつ病であった)Max Weberという一人の天才の(学問的)自己救済に過ぎない。いわば、妄想だ。
■資本主義の本性
21世紀に生きる我々には、資本主義の全貌が誰の眼にも既に明らかだ。資本主義とは「経済成長」の別名である。これを支える精神は、「行動的禁欲」などという、ある種の美しく、ヒロイックなものではあり得ない。それは、川北稔氏のいう「成長パラノイア」なのである。
資本主義の本質が「経済成長」であり、それを支える時代精神が「成長パラノイア」なら、それを個人において担う心性は、「行動的禁欲」などではなく、「立身出世主義」あるいは「成功主義」だ。
社会(=マクロ)の「成長」なくば、自己(=ミクロ)の「成功」はない。「経済成長か死か」。今、世界のパワーエリートに、この選択肢しか見えていない原因はここにある。
■「成長する都市」の誕生
そして、初期近代(近世)において他地域と西欧の道を異ならせた心性的要因もここある。おそらく、人類史上初めて身分社会を弛緩させ、溶融させた「成長し複雑化する都市」の誕生。
増加する人口。増大する需要。成長するビジネス。それによって増殖する「社会の複雑化」と「成功のチャンス」。都市はその全てを提供してくれた。恐らく「婚姻のチャンス」も。
資本主義の誕生は、成長し、新たな成功の機会を次々と創出する「都市」という空間の誕生と同義である。それをドライブするのは、階梯を逸早く昇ろうとする、あるいは新たな階梯を創り出そうとまでする「立身出世主義」=「成功主義」以外の何者でもない。
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