塩沢由典・有賀裕二編著『経済学を再建する』中央大学出版部(2014年)〔2〕
■第2章 進化経済学の可能性(塩沢由典)
1.はじめに
2.進化経済学を支えるシステム理論
3.生産関数からグローバル・ヒストリーまで
4.スケール・フリー・ネットワークと経済成長
■提案2
新しい経済学は、「最適化」に対しては「進化」を、「均衡」に対しては「自己組織化」、という2つの鍵概念を対置して組み立てられるべきである。また、技術や商品の集合を「進化するネットワーク」と捉えると、一例としてスケール・フリー・ネットワークの概念が考えられる。
■評
本章では、進化と自己組織化を鍵概念とする進化経済学が新古典派を超える説明能力、問題構成力を発揮する一分野として、技術進歩を具体例に取り上げている。
個人的に注目したのは、近代世界の成立に一つの画期をもたらした経済史上の産業革命の考察において、新古典派の必須ツールである生産関数に基づく分析が常套化し、その技術変化に資源賦存量による外生的説明を与えるミスリードがかなりの確度で発生している点を指摘していることである。
これは弊ブログ主が目論んでいる《徳川文明史》においてもいろいろ問題の影を落としている。弊ブログでも時折り取り上げるトピックである、歴史人口学の速水スクールの金看板「勤勉革命」論においても、明らかに生産関数を想定した議論がその中心になっていることが象徴的だ*。
著者の挙げる、最後のスケール・フリー・ネットワークの話題には今ひとつ乗れて行けない。また「需要飽和」の問題は21世紀の資本主義を占う重要なトピックだが、これは明らかに日本を含む先進国共通の人口システムの変動、もっと言えば人口システムの進化とダイレクトに関係する話題ではないかと弊ブログ主は考える。進化経済学は歴史人口学をその重要なパートナーとすべきだろう。
*参照
斎藤修「勤勉革命論の実証的再検討」
三田学会雑誌、97(1)、pp.151-161、2004年
本論文は、下記からPDFファイルとしてダウンロード可能。
HERMES-IR : Research & Education Resources: 勤勉革命論の実証的再検討
**《進化》概念に関しては、弊ブログ主は歴史経路の事後の説明理論とみなしている。要するに歴史学の理論として最適なものだと考えている。本章で取り上げられた産業革命にしても、歴史学者川北稔氏などが、「産業革命が大英帝国を可能にしたのではない。大英帝国が産業革命を可能にしたのだ。」と世界システムの見地から論じているが、これも世界システム論の内部に実は進化の論理が隠微な形で仕込まれているから言えたことだと考える。この点、下記弊ブログ記事を参照。
| 固定リンク
「書評・紹介」カテゴリの記事
- 「選択的親和性」から「進化律」へ / From "Elective Affinities" to "Evolutionary Law"(2020.10.26)
- 毎日新聞「今週の本棚」欄2020/10/17(2020.10.18)
- 橋爪大三郎氏の書評『日本を開国させた男、松平忠固』(毎日新聞/今週の本棚)(2020.10.18)
- 梅若実、エズラ・パウンド、三島由紀夫/ Umewaka Minoru, Ezra Pound and Mishima Yukio(2020.10.15)
- 幕末維新テロリズムの祖型としての徂徠学(1)/ Ogyu Sorai as the prototype of the Meiji Restoration terrorism(2020.10.02)
「歴史と人口」カテゴリの記事
- 「コミュニケーション」:現代日本の《呪符》か《祝詞》か / Communication: Modern Japan's Spell or Spiritual lyrics?(2020.12.10)
- 民主制の統治能力(1)/ Ability to govern in democracy(1)(2020.11.10)
- 「戦後進歩史観」=「司馬史観」の起源について(2020.09.21)
- 近代日本の人口動態(1)/ Demographic Changes in Modern Japan (1) (2020.09.14)
- 丸山真男を逆から読む(2020.09.01)
「複雑系」カテゴリの記事
- 民主制の統治能力(1)/ Ability to govern in democracy(1)(2020.11.10)
- 「選択的親和性」から「進化律」へ / From "Elective Affinities" to "Evolutionary Law"(2020.10.26)
- 丸山真男を逆から読む(2020.09.01)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(10完)(2020.07.20)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(9)(2020.07.19)
「進化論」カテゴリの記事
- 「選択的親和性」から「進化律」へ / From "Elective Affinities" to "Evolutionary Law"(2020.10.26)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(1)(2020.06.10)
- 創発への二つのアプローチ(Two approaches to the Emergence)(2018.08.01)
- 言葉の織物(A Textile of Language)〔2〕(2018.07.20)
- Neurath's ship(2017.04.18)
「Shiozawa Yoshinori(塩沢由典)」カテゴリの記事
- 文科省の大学院政策における失敗/ Failure in MEXT's graduate school policy(2020.09.25)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(10完)(2020.07.20)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(9)(2020.07.19)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(8)(2020.07.18)
- 塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(7)(2020.07.15)
コメント
塩沢様
10か月ぶりの応答で、恐縮です。
「なぜ18世紀イギリスに賃労働者が出てきたか」
「サースクやド・フリースのような議論」
「なぜ、この側面がこれまでおろそかにされてきたのか」
1)財や商品は、マテリアルなもので目に見えます。しかし「需要」や「嗜好」は目に見えません。これを理解するには、追体験や同感が必要となります。
2)文書を根幹に据える実証史学の対象となる「文書」は誰が書き、残すか。これは初期近代、近代においてもほぼ例外なく男性でしょう。機械の設計図、商品販売の指図書、輸入信用状、ビジネス契約書。しかし、何が食べたいか、何を着たいか、何が欲しいか、なぞ(男なら)誰も記録しません。
3)新古典派経済学は限界革命(需要理論)を機に誕生しましたが、結局、その中心概念は、「生産関数」です。これは学問における男性優位主義(machismo)の淫靡な現われ、ジェンダー・プロブレムなのでしょう。
投稿: renqing | 2016年8月17日 (水) 17時39分
第2章は、もともと進化経済学会での「問題提起」用の原稿に書き足したもので、いろいろ書いていますが、ちょっと整合性に欠けますね。産業革命について主題的に描くには、当ブログの
「18c末徳川期の諸資源の相対価格」
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2014/05/18c-1e0c.html#comments
へのわたしのコメント(2015.5.8)に書いたような、「勤勉革命」についての議論が欠かせません。そのあたりは完全に抜け落ちいてます。
これまでの産業革命論は、(マルクス派を含めて)技術変化中心でしたが、よく考えれば宇野弘蔵が繰り返し「労働力商品化の困難」(「わたしの阿弥陀仏」とまで言っています)を指摘していたことを踏まえれば、なぜ18世紀イギリスに賃労働者が出てきたか、労働力候補の面から研究するサースクやド・フリースのような議論がでてきてしかるべきでした。なぜ、この側面がこれまでおろそかにされてきたのか、考えてみれば不思議です。
投稿: 塩沢由典 | 2015年10月24日 (土) 22時17分