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2015年8月17日 (月)

塩沢由典・有賀裕二編著『経済学を再建する』中央大学出版部(2014年)〔4〕

■第4章 古典派価値論のリドメイニング(塩沢由典)
1.はじめに
2.古典派価値論の再定義
3.古典派価値論の意味しないもの
4.古典派価値論に欠如するもの

■提案4
古典派価値論(あるいはスラッファ=塩沢の立場から改訂された現代古典派価値論)は、全部直接原価計算を基礎としてフルコスト原則を用いることにより、生産現場の原価計算から経済全体の価格形成原理にいたるまで一貫した論理を持っている。その意味で新古典派相対価格理論(競争経済の一般均衡理論)に代替し得る、相対価格決定理論である。

■各節の要旨
第1節:省略

第2節:スラッファ=塩沢の立場から改訂された現代古典派価値論は、驚くべきことに、全く異なる起源と目的を持った、現代の最先端の企業原価計算論である藤本隆宏の「全部直接原価計算論」と、日付のある労働への還元、機械設備の使用料といった細部においても整合的である。

第3節:現代古典派価値論は以下のことを主張する。生存基金説はとらない。式に現れる r は、産業ごとに習慣的な業界常識として参照されている上乗せ率と解釈する。J.S.ミルの需要供給の法則は、新古典派の需要関数・供給関数価格均衡論ではない。長期の記述理論ではない。静態理論ではない。独占的競争(不完全競争)を想定していない。

第4節:現代古典派価値論の今後の研究課題は以下である。地代論。国際価値論(ただし、塩沢が既に一つの新理論を提案している)。技術進歩の価値論的研究。生活水準の向上につれて消費需要がどう変化するのかといった需要の理論。有効需要が各企業に分割される過程を研究する市場の理論。

■評
 古典派価値論の再定式化の形式的側面(数学的記述)の素描がこの章の主題である。したがって、第2節に本章の半分が割かれている。その上で、スラッファ=塩沢の立場から改訂された現代古典派価値論が、藤本隆宏の「全部直接原価計算」論と細部に到るまで理論的に整合することを提示し、古典派価値論の現代的意義を弁証するという構成になっている。

 評者は、著者の「スラッファの原理と不況の理論」(1978年)を一読したとき、ケインズのミクロ的基礎付けはこれで行けると確信し、著者に追随する気でいた。ただ、「産業に表明された需要」が「企業に表明された需要」に分割されるプロセスを、「販売費用」と関連付けてゲーム論(繰り返しゲーム)的に扱うという著者のアイデアを知ったとき(何で知ったか失念)、少し腰が引けた。数学的に面倒だな、という怠け心が一つ。また、「企業に表明された需要」水準まで有効需要理論が降りてきたら、そこから逆に、有効需要の創出である、企業の投資行動→産業の投資行動→一国の経済循環における集計的投資行動の理論がセットにならなければ、有効需要の理論は結局、未完成ではないか、と考え、企業成長の理論に踏み込む必要を感じたからでもある。ただし、その目論見は目論見だけ残り、具体的には評者の全くの力不足により何もできないまま今に至っている。その時から約40年弱経過するが、著者におかれても「ほとんど進展していない」ようだ。

 マクロの経済循環における数量調整は、ミクロの企業単位における日々の生産調整(活動水準)に分解して考察可能となる。一つの経済体系(経済循環)における相対価値の決定理論として、「最小価格定理」をその中核的命題とするスラッファ=塩沢理論は正しいと評者は考える。しかし、前章をみても本章を見ても、一つの経済体系(経済循環)における活動水準の決定理論として、ケインズ有効需要論の代替理論があるように見えない。この点、評者には不思議でならない。また、需要の理論に関しては、やはり人口変動、人口動態の理論と結びつかなければうまくいかないと思ったことも付け加えておこう。

〔5〕

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コメント

塩沢由典様

上記、弊記事中の、
「一つの経済体系(経済循環)における活動水準の決定理論として、ケインズ有効需要論の代替理論があるように見えない。」
は、ご指摘の通り、代替理論、ではなく、精緻化理論、というべきでした。失礼しました。

購買力保有者が、その期の購買力のどれだけを消費に回し、残りを貯蓄に残すかという短期的意思決定は、(社会保険を含む)税引き後所得と家屋などに代表される大きな資産購入を見込んだ計画貯蓄後の可処分所得の数期にわたる安定性がその大きな部分を占めると考えます。例えば、税引き後・貯蓄後所得が月収20万円だとしても、この所得が来季にわたって安定して間違いなく支給されるという確信があれば、財布の紐は緩みやすいでしょう。「今月は夏休みで使って、来月は節約しよう。」など。

その意味でも、消費や貯蓄の習慣、ルーチン、それを裏付ける所得循環の安定的流れ、といったところがポイントになると思います。理論的には、消費行動のプログラム化と経済システムの定常性、となるでしょうか。

繰り返しゲーム云々は、塩沢さんとの私信にあったと思いますが、申し訳ありません、今見当たりません。別件ですが、森嶋通夫氏ともセイ法則を巡っての私信もあったのですが、どこに片付けたのか・・・。

投稿: renqing | 2016年8月17日 (水) 18時18分

Renqing>「ケインズ有効需要論の代替理論があるように見えない。この点、評者には不思議でならない。」

これはどういう意味でしょうか。この部分を素直に読むと、わたしが「ケインズ有効需要論の代替理論」を求めているように読めるのですが、まちがいでしょうか。

わたしは有効需要の理論が必要だと考えいて、それに代わる代替理論を求めているわけで歯ありません。ケインズ有効需要論の精密化・厳密化を求めています。別の言葉でいえば、ケインズ有効需要論のミクロ的基礎付けです。

「ミクロ的基礎付け」ということばは、1970年代以降新しい古典派によって、新古典派一般均衡論の枠組みに載せることという意味に使われていますが、もちろんここでいう「ミクロ的基礎付け」はそういう意味ではありません。企業レベル、個人レベルでの行動に理論的には接合するという意味で使っています。

Renqingさんはまた、
「需要の理論に関しては、やはり人口変動、人口動態の理論と結びつかなければうまくいかない」
と指摘されています。これは長期の分析としては正しいのですが、人口のあまり変わらない10年単位以下の時間幅でも、総需要が大きく変わることがあります。そうした短期(あるいは中期?)の需要理論がほしいのですが、ご指摘のとおりなかなか成案を得ません。

需要と雇用との関係では、需要の構成はあまり重要でなく、金額で計った総需要の不足が失業を生むといったことはケインズが『一般理論』で書いたより、ずっと精密に議論できると思っています。価格による調整ではなく、(所得・雇用・販売数などの)数量が数量を決めるという過程を考える以上、新しい問題設定と展開方法が求められますが、そのあたりがまだ良く見えていないのはたしかです。勤労者所得のうち、どのくらいを貯蓄し、他は消費するかという比率が分かれば消費需要はおおむね決定できます。この比率を決めるものがなんなのか、いろいろ考えているところです。

例としては、(1)将来の不安、(2)時間制約と空間制約、(3)所得格差の影響などいろいろ考えられます。(1)は、退職世代がお金を溜め込む以外に将来の不安に防御策がない、など。(2)は、本を読みたい、コンサートに出かけたい、芝居を見たい、みなと食事を楽しみたい、と思っても、勤務時間が長く時間制約が働いてそれができない、など。(3)は、高所得者の低い消費性向ことが及ぼす影響などです。よく言われるのが、「買いたいものがない」という現象も働いているでしょう。これはイノベーションの不在が原因でしょうが、少なくともみなが共通して買いたいとおもっているものがなくなりつつあることはたしかです。

こういう多様な要因が働いているとしても、消費需要の総額は{1-(貯蓄率)}・所得で決められます。その意味では、普通の成長理論風の展開は可能でしょう。

なお、上で
「「スラッファの原理と不況の理論」のあとで「企業に表明された需要」に分割されるプロセスを「販売費用」と関連付けてゲーム論(繰り返しゲーム)的に扱うという著者のアイデア」
を知ったとされていますが、これはなにかの記憶違いでしょうか。

繰り返しゲームをもちいた論文は、「上乗せ価格を帰結する複占競争」だけだと思います。もちもとは『経済学雑誌』に載せたものですが、証明の一部に間違いがありました。これは掲載後すぐに気づいていたのですが、今回、まちがいを訂正のうえ、『リカード貿易問題の最終解決』に補論として再録してあります。これは、有効需要を各企業に配分するためのものではなく、各企業がどのように上乗せ率を決めるかということを問題にしたものです。上乗せ率(マークアップ率)は、こういう主題を提起したオクスフォード調査のHall and Hitchの論文に屈折需要曲線を示唆したものがあり、それはSweezyに採用されて、後に根岸隆先生の主要な論題になりました。『リカード貿易問題の最終解決』の序文にあたる「はじめに」のp.xiiiにわたしは「屈折需要曲線論」に不満であったと書いています。

そこでは「不満であった」としか書いていませんが、書けば長い理由があります。屈折需要曲線では、屈折点がなぜか現在の販売量に固定されています。また、価格変化に対し需要が反応するという設定ですが、そこでの価格設定「ゲーム」がきわめてご都合主義的に決められています。「上乗せ価格を帰結する複占競争」は、こうした価格決定理論では、数量との第一義的独立性を維持できないことから、2つ(あるいはそれ以上の)企業がそれぞれ異なる価格を設定するとき、需要がどのようなに分割されるかというシェア関数を考えることにより、原価に一定率を上乗せするという競争が典型的に成り立つことを示したものです。

わたしが再構成した古典派価値論も、あたらしい国際価値論も、みなオクスフォード調査以来の知見とこの論文の説明を前提に構成されています。

投稿: 塩沢由典 | 2015年10月25日 (日) 14時45分

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