« 夢窓疎石 一代のプロデューサー | トップページ | 葬式仏教の歴史的意義 »

2016年4月10日 (日)

名誉革命=英蘭コンプレックスの出現 (Anglo-Dutch complex)

 そもそもアウクスブルグ戦争のさなか、イングランド銀行が戦費のために国債受け入れおよび発券銀行として設立され、P.ディクスン のいう「財政革命」、 J.ブルーワ のいう「財政軍事国家」の柱石となる。オランダとイングランドの同君連合(1689-1702)にともなう軍事的金融的複合体は、結果的に、 前者から後者への世界覇権のソフト・ランディングをもたらした。
岩波講座 世界歴史16 主権国家と啓蒙16-18世紀(1999年) 、p.60(近藤和彦「近世ヨーロッパ」)

 こうしたオランダの公債制度が名誉革命によってイギリスに持ち込まれた。1688年、ホラントのオレンジ公(州の総督)ウィリアムⅢ世がイギリス国王に即位し、イギリスはスペイン継承戦争の間に、国債を発行して公衆から長期借款をする制度の導入に踏み出した。(p.116)
 オランダ人の国王とその顧問たちが政府のファイナンスに長けており、オランダ人投資家筋との密接なつながりを持っていたことからすると、彼らがイギリスに来た後にイギリスで財政革命が起こったことは単なる偶然とはいえまい。(p.116)
 イギリス国債を媒介とした両国の共生関係が、先のヘゲモニー国家であるオランダには優雅な引退後の所得を保障し、勃興しつつあるイギリスには競争国であるフランスに対する決定的な一撃を可能としたのである。(p.117)
 先に述べたオランダの低い金利からして、5%を超えるイギリス国債は魅力的な投資対象であったに違いない。しかも、イギリス国債はオランダをモデルとして利払いが税金によって担保されており、信用リスク・フリーとみなされていた。(p.117)
富田俊基『国債の歴史』東洋経済新報社(2006年)

 それより注目すべきことは、英仏が世界経済の主導権を争った背後で、なお18世紀のヨーロッパでは、いまや全体としてはヘゲモニーを失ってしまったオランダが、その豊富な余剰資金をもって世界金融の中心にいた、という事実である。したがって、英仏両国の対抗関係は、国内の資金力の問題であると同時に、どちらの国がオランダ資金を引き付けるかという争いでもあった。18世紀のヨーロッパには、遊休化したオランダ資金が浮遊しており、この資金を獲得したものが勝利する可能性が高かったのである。
岩波講座 世界歴史17 環大西洋革命18世紀後半-1830年代(1997年) 、p.12(川北稔「環大西洋革命の時代」)

〔補足〕
議会指導者たちの招請に応じてオラニエ公ウィレムは1688年11月イングランド南西部に上陸した。15000人のホラント州軍を率いて。老獪な政治家である彼がロンドンに入ったのは12月である。いかなる理由があろうと、ある国家の首都に15000人規模の外国軍が入城したなら、それは占領軍としか言いようがない。換言すれば、名誉革命とはオランダ軍によるイングランド内乱への介入であり、少なくとも一時的なオランダによるイングランド占領なのである。戦後日本のGHQ(事実上の米国軍)統治と占領軍により、戦後日本人の(脳細胞の)米国化は決定的となった。つまり、名誉革命を事態の推移のみに注目して素直に観察するなら、17世紀末イングランドの決定的なオランダ化なのである。この簡単な事実を直視できないとしたら、それは我々日本人(あるいは日本の英国史家)の脳細胞がいかにイングランド人自身の(自己正当化)歴史観に馴致されているかを示している。
「名誉革命 Glorious Revolution」。これ以上の不名誉な歴上の皮肉は、残念ながら浅学ゆえ私は知らない。

〔参照〕
徳川国家の資本主義化を妨げたもの
D.ヒューム「市民的自由について」1742年 (David Hume, Of Civil Liberty)
百年後のアルマダ

|

« 夢窓疎石 一代のプロデューサー | トップページ | 葬式仏教の歴史的意義 »

国制史」カテゴリの記事

資本主義」カテゴリの記事

金融」カテゴリの記事

コメント

わたしの投稿にあまり振り回されないようにしてください。そう深い気持ちで投稿しているわけではありません。それに老人力が増しているので(つまり、忘れっぽいので)、すこし前のことなど、蒸し返されないかぎり覚えていません。

吉田 暁『決済システムと銀行・中央銀行』 日本経済評論社 (2002/05)

はもっていて、半分ぐらい読んでいます。これと楊枝さんの本2冊が、柴田徳太郎先生のご推薦でした。2冊とも、「あたり」と思っています。

投稿: 塩沢由典 | 2016年4月15日 (金) 01時29分

塩沢由典 様

コメントありがとうございます。昨年のコメントにいまだreplyしないままで、いやはや恐縮です。

メンタル的にリハビリが必要でして、ようやく頭と心が動き出したところです。ご紹介の本、大変興味があります。少し時間がかかるかも知れませんが読んでみます。ただ、amazonで検索すると、同著者の
楊枝 嗣朗『近代初期イギリス金融革命―為替手形・多角的決済システム・商人資本』ミネルヴァ書房 2004/2
のほうに興味を惹かれます。読めるならこちらにアタックしてみることとします。

塩沢さんには、より理論的なものとして
吉田 暁『決済システムと銀行・中央銀行』 日本経済評論社 (2002/05)
のほうが、関心を持たれるかも知れません。著者の主張は
「現代の預金貨幣は、中央銀行のパワードマネーを起点とするのではなく、資金需要に応じて銀行が自らの負債に記帳することで産み出されるものである。したがって、支払システムと金融仲介機能は不可分である」
に集約される、そうです。著者は全銀連に長く在籍していた金融エコノミストのようで、このアプローチなら金融史の実態、あるいは現代の金融的世界資本主義の理論化としてはよさそうな気がします。ただし、私も未見ですので、あまり時間をおかないうちに読んでみることとします。

昨年のreplyは、近日中にポストするつもりです。

ついでに。桑田学『経済的思考の転回』以文社(2014)も読了済ですが、リハビリが長引きまして、書評をポストできていません。
以前のご指摘のように、私の中のO.ノイラート像は完全に書き換わる内容で、素晴らしい思想史の本でした。ただ、どう読んでも、「ノイラートはそうじゃない」は明晰ですが、「ノイラートはこうだ」という記述は靄がかかったようでうまく像を結べません。とくに、ノイラートの「自然経済」あるいは「自然経済の理論」に関して、さっぱり要領を得られませんでした。ノイラートの提出した(らしい)経済像のfeasibilityがいかなるものなのかフラストレーションが溜まったままです。この点が最大の不満で、書評が書けない原因になっているように感じます。Substantial Economics は全くもって結構なのですが、「資本(量)」や「貨幣(量)」が物理学主義からすれば錯覚だとしても、資本主義参加者が全員錯覚して活動しているならば、「錯覚は説明されなければならない」(E.マッハ)。所詮、熱力学を含む自然科学の体系も、ホモ・サピエンスの「環世界」を構成する1パーツにしか過ぎません。塩沢さんに愚痴を言っても詮無いことですが。自分の中で整理がついたらレビューを本ブログに掲載します。

投稿: renqing | 2016年4月13日 (水) 01時24分

ご無沙汰しています。偶然なのですが、最近、Modern Money Theoryというものに興味をもっていて、その関連の本や論文を探しています。その一つで、人に教えられて最近読んだのが
 楊枝嗣郎『歴史の中の貨幣/貨幣とはなにか』文眞堂、2012
です。このブログ記事で扱われている「名誉革命=英蘭コンプレックス」とほぼ同時代のイギリスから話が始まっています。

論文集なので、全体の主張がちょっと分かりにくいのですが、商品貨幣説に対する信用貨幣説は、たいへんなパラダイム・チェインジです。これは、ポラニーが言っていて、栗本慎一郎が力説していた話だと思いますが、彼が生きている当時は、まったく頭に入れませんでした。つまり重要な話と思っていなかったのです。しかし、楊枝さんの本をよんで、どうも商品貨幣説は、もうひとつの天動説ではないかと思うようになりました。地動説にも喩えられる信用貨幣説が昔から出ていたのに、長いあいだほとんど無視されてきました。

「二つの貨幣論」(2009.3.20)に網野さんの本の紹介があって、そこにポラニーを引いていますね。Renqingさんが、楊枝嗣郎さんの本をどうよまれるのか、そして信用貨幣説・抽象貨幣論をどう考えられるのか、大いに興味のあるところです。

川北稔さんの「遊休化したオランダ資金が浮遊しており」というのも、おもしろい表現で注目されます。「遊休資金」という概念が、現代経済を解くにもあんがい鍵になるかもしれないと思っています。

投稿: 塩沢由典 | 2016年4月12日 (火) 22時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104369/63466986

この記事へのトラックバック一覧です: 名誉革命=英蘭コンプレックスの出現 (Anglo-Dutch complex):

« 夢窓疎石 一代のプロデューサー | トップページ | 葬式仏教の歴史的意義 »