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2016年4月14日 (木)

葬式仏教の歴史的意義

・ ・・。檀家制度も本末制度も、通説としては江戸幕府により、鎖国以後の宗教統制のために作られた制度であったと考えられているが、前記の竹田氏の研究によれば、民間寺院の80%が、鎖国直後の寛永20年(1643)までに成立している。
尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書(2000年)、p.129

この事実からすれば、檀家制度や本末制度は、権力による人為的なものではなく、それ自体としては自然発生的に成立し、江戸幕府はただ、それを政治的に利用しただけであったとみるのが妥当であろう。
 寺院が死者のための葬式や法要を主たる任務とするようになったことは、仏教の本来の精神からすれば、逸脱であると見られ、そのため葬式仏教として非難されることも多い。しかし15、6世紀に成立した日本の仏教は、確かにインドや中国とは性格を異にしているかもしれいないけれども、すべての人が死後に葬式をしてもらえるようになったというのは、それ以前に比べると画期的な変化であり、人々の精神生活の上に重要な意味をもっていたのではあるまいか。阿弥陀仏か釈迦仏か、宗派によって頼りとする仏は同一ではないにしても、死ねば仏式の葬式をしてもらえて、必ず仏の世界に行くことができるのであれば、個人としてこれほど安心なことはない。その安心感に支えられて、現実の社会生活は充実したものとなるであろう。それが日本の葬式仏教のもつ本来の意味であり、そのような形において天台本覚論が現実のものになったともいえよう。
 死者に戒名を付けるのも、日本では普通の習慣となっているが、戒名とは、受戒した僧に授けられる名のことであり、受戒が仏教においていかに重要な儀式であったかは、奈良時代の鑑真や、平安時代の最澄の場合について、すでにみてきた通りである。その戒が、死ねば誰にでも授けられるというのは、死者を仏道に導きいれる意味であろうが、その点に日本仏教の特色が現われているのである。死者のことをホトケとよぶのも、明確ではないが、このころから始まった風習であると思われる。
尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書(2000年) 、pp.129-130

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