関曠野『なぜヨーロッパで資本主義が生まれたか』(2016年)〔前編〕
■思想史家関曠野について
関曠野はアイデアの塊である。早口なのも頭の中に言いたいことが詰まっているせいだろう。
彼が、処女作『プラトンと資本主義
』、次作『ハムレットの方へ
』と重厚な書き下ろしの問題作を矢継ぎ早に出して以降、それらに匹敵するものを世に問えていなかったのは、このことが大きな要因を占めていると思う。かねて自著で予告されていた「ルソーと近代社会」(版元予定は朝日新聞社)が遅延を重ね、現時点でその著書に記載をみないのも同根と思われる。カレントな問題への応答を優先してしまい、大きなテーマに関するアイデアを熟成させる時を失ってきたのだ。時機的な問題は重要ではあっても、大きな問題群から派生する小さな問題群なのである。関曠野が現代の諸問題に(結果的に)百科全書的に応答できる(ように見えて)しまうのは、時代の「問い」を、常に大きな問題群の文脈で位置づけて考察しているからである。それが仇になってしまった一つが、未発の「ルソー論」といえなくもない。
■本書について
本書は、関曠野がいま考えていることのすべて、である。ただし、それ以外にも本人の頭の中にはアイデアがいくらでも控えているのだろう。彼の「ルソー論」は未発表であるが、本書にもルソーの近代の思想家としての特異性に触れている箇所があり(PP.35-37)、ルソーに関しても言いたいことが山ほどある様子なのが伺える。
それにしても、本書の目次(この記事の最下段参照)を一瞥すれば瞭然だが、彼の議論する時間軸、空間軸は広大だ。
また、その捉えている問題群も、
「ヨーロッパにおけるヘレニズムとヘブライズムの相克とその破綻」
「聖書と環境危機の起源」
「デカルトにおける自然神学と自然科学」
「現代における科学の再魔術化」
「《罪の経済》のエートスと資本主義の狂気madness」
「ヨーロッパの、文明としての罪の経済(guilt economy)」
「日本における帰属論理と精神疾患」
「欧米と日本における精神疾患の違い」
「合唱舞踊と日本の近代化」
「神仏思想に基づく経済システム」
「罪の経済の思想家としてのロック」
「貨幣への愛 イデアからオントロギーへ」
等、人類文明史に関わる大きなものから、日本がらみのローカルなテーマまで多種多彩だ。
一つが優に『プラトンと資本主義』に比する一書を要するものが幾つもある。関曠野も老境と言っていい局面を迎えている。今後それらが次々と実を結ぶと想像することは難しい。その意味で本書は、関曠野が今抱えている《問い》のすべてであり、未知の応答者へのメッセージの書ともいえるだろう。〔中編、Schmitt, Voegelin & Straussへ(とりあえず)続く〕
関曠野『なぜヨーロッパで資本主義が生まれたか 西洋と日本の歴史を問いなおす』
NTT出版 2016.06
目次
まえがき(三室勇)
はじめに ―― 思想史とはいかなる作業なのか
第1章 ヨーロッパ史を問い直す ―― 矛盾と相克の歴史
第2章 革命について ―― 革命神話はどのように生まれ、伝播したか
第3章 民族主義という問題 ――「民族」観念の起源とその再生
第4章 アメリカの世紀の終焉 ―― グローバリズムの限界と平和の条件
第5章 科学と社会 ―― 古代ギリシャの自然観と科学の再魔術化
第6章 資本主義とは何であり、何が問題なのか ―― 単なる経済現象ではなく、精神史的な問題
第7章 貨幣の崇拝と通貨改革の思想 ―― グローバル金融システムの支配からどう離脱するか
第8章 日本史を再考するⅠ(古代から江戸時代まで)―― 文明のユニークさを探る
第9章 日本史を再考するⅡ(明治から現代)―― 近代日本の権力構造
第10章 歴史の証人としての知識人
あとがき
文献案内
関曠野:自選著作・論文リスト
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