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2016年12月22日 (木)

自分の人生に自分が関わること(3)

本記事(1)への貴重なコメントがあり、ご教示を頂いた。深謝。
そのうえ、関連する事柄も思い出したので、記事とする。

何トナレバ則今日我人民ヲシテ学且智ニ開明ノ域ニ進マシメントス、先其通義権理ヲ保護セシメ、之ヲシテ自尊自重、天下ト憂楽ヲ共ニスルノ気象ヲ起サシメズンバアル可カラズ。自尊自重、天下ト憂楽ヲ共ニスルノ気象ヲ起サシメントスルハ、之ヲシテ天下ノ事ニ与ラシムルニ在リ。
民撰議院設立建白書 明治七(1874)年より

これは、清朝考証学の大儒、顧炎武『日知録』(1670年)の一節を想起させる。

是故知保天下,然後知保其國。
保国者。其君其臣。肉食者謀之。
保天下者。匹夫之賤。與有責焉耳矣
「是の故に天下を保つを知って、然る後その国を保つを知る。
国を保つ者は、其の君其の臣。肉食者之を謀る。
天下を保つ者は、匹夫の賤、与かって責め有るのみ。
《だから、天下を保持することを知ってこそ、その国を保持することを知る。
国を保持するのは、その君主とその家臣のごとき上流階級が考えることである。
天下を保持するのは、一人一人の人民が関与して責任を持たねばならないことなのである。
顧炎武(1613-1682)、『日知録』(1670年)
中国文明選、顧炎武集、朝日新聞社(1974) 、p.381-388

また、

人間ノ智識ナル者ハ必ラズ其之ヲ用ルニ従テ進ム者ナレバナリ。故ニ曰ク、民撰議院ヲ立ツ、是即チ人民ヲシテ学且智ニ、而シテ急ニ開明ノ域ニ進マシムルノ道也。
民撰議院設立建白書 明治七(1874)年より

は、起草者である英国帰りの古沢滋の経験主義が反映していそうだ。

〔参照〕
1.民撰議院設立建白書全文をweb上でアクセス可能
民撰議院設立建白書 - Wikisource
2.この建白書についての解説と周辺事
日本近代思想大系(岩波書店)第9巻、江村栄一校注『憲法構想』 p.67以降
3.顧炎武の弊ブログでの初出
天下を保つ匹夫(顧炎武)

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