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2017年1月31日 (火)

財産権、労働生産性そして成長経済(property, labor productivity and growth economy)

人間は己の局所的な local 事柄にしか視界や考え、感情が及ばない。したがって、それが善事でも悪事でも、局所的なことにであれば、猛烈な関心と行動を見せるが、大局的 global なことにはどうも二の足を踏む。

だから、property が原義通り「自分自身のもの、固有のもの」であれば、人類史のこの150年ほどの劇的な労働生産性の向上は、scienceやtechnology、engineering といった有用な知識 knowledge の発達のおかげというよりは、それを property にlinkageさせた資本主義 capitalism のおかげ、というしかあるまい。マンデヴィル Mandeville の言うように「私悪は公益 Private Vices, Public Benefits 」(1714)なのである。

しかし、21世紀の今となって、先進国の人びとは何故猛烈に働くのか。働きたくて、稼ぎたくて、儲かりたくて、一生懸命に働いているのは、どの国でも労働人口の数パーセントではなかろうか。大部分人びとは、その好むと好まざるとに無差別に「働かざるを得」ないから働いているのではないか。

いまや、地球環境や人間自身の心身レベルでの環境問題が深刻化してきている。これが先進国労働者たちの過剰な労働による、過剰な生産物、その過剰消費に起因するものなのであれば、その linkage を切断する方途を考え、実行することを迫られていると言わざるを得ない。そしてこれは、人間個人の倫理や意欲で云々できることというよりは、仕組み system の問題だとみなすべきだろう。

簡単に言えば、脱資本主義の方策だが、そもそも眼前の資本主義が、意図された帰結というより、人類の選択・決断・行動の累積の帰結として、結果的に生まれてしまった system だ。したがって、問題は、意図せずできてしまったブリコラージュな system を意図的に変更できるのか、という原理的な問題をも抱えている。続く(・・・はず)。

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