ダフネ・デュ・モーリア Daphne du Maurier
小説家(1907-1989)。ヒッチコック監督によって映画化された『レベッカ』(1940年)の原作者。同じく『鳥』の原作者でもある。かなりの美人。いわゆる閨秀作家。
amazonのレビュー欄を見ると、日本でも熱心な女性ファン(文学少女タイプ)が結構いる模様。ただ、IMDb(国際的に最も有力な映画データベース)によれば、one of the most popular English writers of the 20th Century、ということなので、小説家としてのその評価の一端が窺われる。
三人姉妹の次女。この写真の右端。三女を抱いているのが母親。祖父は、挿絵画家・作家、父は著名な俳優・劇場経営者、母は女優。どうりで母親も美人だ。
『ピーターパン』の作者、ジェイムズ・バリとも家族ぐるみの付き合いだった。で、このダフネの父親自身がピーターパンのように、少年がそのまま大人になってしまった人だったらしい。三人娘をよく可愛がったが、どちらかというと慈父の愛で包んだというより、三人にとってとびきりの遊び相手として。
なかでも父親のお気に入りがダフネで、そのせいでダフネは長女や三女と異なり、母親と精神的に疎隔ができてしまい、母の膝に甘えたいのにそうさせてもらえなかった。この父親、あろうことか、折に触れ、ダフネに、お前が息子だったら良かったのに、と言ってしまう御仁。この父性愛がダフネのアイデンティティー形成に影響を与えないはずがなく、ダフネの中にもう一人の少年ダフネを生み出してしまう。こういう父、母との関係は、ダフネの人生に暗い影をおとすことになる。
名門の芸術一家、その美貌、作家としての才能。一見、the best and brightestな、非の打ち所がない人生だが、その一方で、絶えず二人のダフネの間で綱引きが行われ、引き裂かれがちだった。自分の中にある少年ダフネ(本当の、本物のダフネ)を心置きなく発揮、解放する場所が小説を書くことだったらしい。
新潮社『レベッカ』の初代訳者、大久保康雄は、「解説」で以下のように書いている。
この表芸の魅力に眩惑されて、ともすれば看過されがちであるが、注意して読むならば、そのようなサスペンスの奥に、もう一つの流れが、どの作品の場合にも、あるときは高く、あるときは低く、しかしつねに絶えることなくながれていることに読者は気がつくにちがいない。作者自身は、これを「自然への回帰」と言っている。・・・。ともかく、処女作『愛する心』いらい作者はつねに人間の内部にひそむ「自然への回帰」の願望を、その作品のなかでうたいつづけてきたのである。伝統によって、組織によって、環境によって、文明によって、美徳とよばれるもによって、いかにゆがめられようとも、なお人間の心の底には、このような願望が、つねに生きており、永久に生きつづけるであろう、と作者は言っているようである。そして、このような願望と、現実の社会 ― 組織化され制度化されて身動きもできなくなっている文明社会 ― との摩擦から生まれる悲劇を作品のモチーフとしているのである。
『レベッカ』新潮文庫(下)1971年、(訳者大久保康雄)解説、P.399
男性である訳者大久保康雄は、あること、作者ダフネのある真実を、その知性で感じ取っているのだが、ちと一般論に止まってる。現実の人、ダフネ・デュ・モーリアが、世間体や常識、父親から押し付けられた禁忌(同性愛者への嫌悪)等によっていかにゆがめられようとも、なおダフネの心の底には、もう一人の少年ダフネが常に生きていて、「真実の自己への回帰」への願望を、作品のなかで詠い続けていたことになるのだろう。むしろ、「真実の自己」を回復する唯一の場所、それが創作活動だった。
晩年のダフネはインスピレーションが湧かず、書けなくなった。それは、少年ダフネの死であり、現実の閨秀作家ダフネ・デュ・モーリアの死でもあった。
※上記は、ほぼすべて(大久保康雄からの引用を除いて)、新潮社版『レベッカ』の新訳者、茅野美ど里氏の訳者あとがき(単行本pp.575~589「ダフネのふたつの顔」)に負う。
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