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2017年7月 7日 (金)

《おかま》と鎌倉景政 (続)

 今から十数年前、《おかま》と鎌倉景政、なる記事を書いた。たまたま、別件で関連する知見を得たので忘れないうちに記事とする。

 その記事は、徳川十七、八世紀において盛んだった、男娼茶屋《陰間茶屋》の名の起こりが、鎌倉市の起源でもある、鎌倉権五郎景政に由来することについてだった。

 その際、小学館日本国語大辞典を参照するという、基本的手続きを踏んでいなかった。別件でたまたまその大辞典をしらべたところ、この説の元ネタが判明した。引用する。

かげーま【陰間】
(1)江戸時代、まだ舞台に出ない少年の歌舞伎俳優。また、宴席に侍って男色を売った少年。かげこ。若衆(わかしゅ)。陰舞。陰郎。かげまこ。

*随筆・橘窓自語〔1801〕五「男色をてらふものを、かげこといひ、又かげまと称呼せり。ある人の物語に、鎌倉権五郎景政美少童なりし故に、八幡太郎義家寵愛し給ひ、景政をつねにかげまと呼給ふに起れりといへり、かげのまと称するは訛なり」

ということで、徳川十九世紀初頭の和学者、橋本経亮(はしもとつねあきら)宝暦九~文化二年(一七五九~一八〇五)著、『橘窓自語』(1801年)、出典だということが判明した。

 今のところ、『橘窓自語』原文にアクセスできていないので、いったい「ある人の物語」が何なのかはまだ不明。何かわかったらまたご報告する次第。知見のある方にご教示頂ければ幸いです。

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