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2017年8月28日 (月)

言葉は意味を孕んでいる

 言葉は意味やイメージを孕んでいる(Language conceives meanings and images.)。

 だから、concept(概念)も conception(受胎)も、conceive(con共に+cieve取り入れる)の派生語であることは見やすい道理だ。

 漢文や、漢文脈を多用する鴎外の文体が濃縮された高度に緊密な文になるのは、漢字の、1文字で、音ではなく意味、あるいは語を表す特質を最高度に利用するためである。その延長で言えば、PCに格納されるデータとして、テキストデータが画像データや動画データに比較して圧倒的にファイルサイズが小さいのは理の当然といえる。

 では、言葉が孕らむ意味やイメージはどこにあるのだろうか。テキストデータの場合、PCが隠しスペースやデータを在庫できるバックヤードを別に保持していてそこから必要に応じて取り出してるのだろうか。しかしそれでは、結局PCが保持している全リソースの一部を使用しているに過ぎないののだから、リソースの節約にはならない。ならば、言葉が孕む膨大な意味やイメージはどこに在庫 stock されているのだろうか。

 それは、その文字(文字列)を見る/読むの人の側にあるとしか言えない。つまり、言葉の孕む豊かさは可能性でしかなく、その豊かさを解凍できるかどうかは、読み手の知識、イメージの豊かさに左右されてしまうことになる。言葉が開示し得るものの上限は、それに向き合う人間のコンテンツの上限とならざるを得ない。コンテンツの貧しい人間には、貧困な意味とイメージを、コンテンツの豊かな人間にとっては、一文字、一語から宇宙にも等しい世界が開示される。それが言葉である。本は読むべし。

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