心に棲む鬼
あわれあわれ電(でん)のごとくにひらめきて
わが子等すらをにくむことあり
斎藤茂吉
以前、「文学の効用」なる記事をポストし、その中で、以下のような吉川幸次郎の言を引いた。
人間の現実の複雑さを教えるものは文学だと思います。だから、全然文学を読まない人のものの考え方は、往々にしてたいへん独断的です。独断的だけならいいですけれど、他人に対して冷酷になるんじゃないんでしょうか。
さしずめ、茂吉の、ふとわが子を憎んでしまうことに気付く親の慄(おのの)きなどは、吉川の指摘そのものではないだろうか。文学者は、普通の人びとが決して直視(認め)ようとはしない、己の心に棲む鬼でさえも文字にして世に晒してしまう。
こうして、我々は己の心の不可思議や不条理、人間の現実の複雑さから眼を背けてはならないことに気付く。そして、ひとの心の潜勢力としての、光と闇を人間的真実として認める勇気を得る。
私は、斎藤茂吉が近代日本を代表する歌人であることを、この歌で深く諒解した。
※引用は、佐藤佐太郎『茂吉秀歌』下巻 P.11、岩波新書1978年
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