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2017年10月29日 (日)

凝固点降下と文明史(5/結)

理科的な整理

 自然界の物質は大抵、化合物である。純物質はほとんどない。したがって、《鉄 Fe》の原料である鉄鉱石も、基本的に《酸化鉄》である。酸化鉄(赤鉄鉱Fe2O3、磁鉄鉱Fe3O4)を《鉄 Fe》にする反応は、酸化反応の逆の過程、還元反応である。

 古来、鉄器時代の前、青銅器時代があり、銅や錫(あるいは金銀)の鉱石を溶融するのに必要な高温熱源は、古代人には木炭しかなかった。従って、大陸で普通に産出される酸化鉄(赤鉄鉱)から《鉄 Fe》を作り出すのに、その溶融を目指して、青銅器生産技術が転用された。

 木炭火力で作り出せる熱は約1,000℃。これでは、鉄鉱石は溶融できない。しかし、固体のままでも還元は可能。だからドロドロに溶けだせなくても、固体の酸化鉄が固体の鉄 Feになった。一方で、鉄 Feには、奇妙な物性があり、912℃~1394℃では、結晶構造が劇的にかわった。これをγ-鉄と呼び、鉄の原子が最も密に詰まった状態となり、原子が移動しやすくなる。つまり、軟らかく加工しやすい(「鉄は熱いうちに打て」)。ところが912℃以下だと、鉄の原子間に隙間ができ、原子が移動しにくくなる。つまり、硬化し加工しにくくなる。これをα-鉄という。γ-鉄はα-鉄より、炭素を100倍吸収する。

 即ち、木炭とそれへの空気(酸素)吹き込みで1000℃以上の熱を作り出し、鉄鉱石をその近辺まで加熱できると、酸化鉄の鉄Feへの《還元》と、鉄Feへの《吸炭》、および
鉄 Feの融点降下が可能となる。しかし、可能になることと化学変化の工業的「効率」は別次元の話で、やはり、1000℃以上の高熱を安定的でムラなく大容量に作り出し、制御できるテクノロジーが定着しないと、《鉄 Fe》を「消費」するレベル、つまり、社会の隅々まで行き渡らせ、文明のスタイルが変わるまでの影響を「製鉄」があたえることは難しい。従って、ヨーロッパでも、高炉技術が普及する16世紀以前までは、炭素濃度の低く、軟らかく加工しやすい「錬鉄(半溶融で作られた粘い鉄)」だけが作られていて、中国で生産されていた溶融銑鉄(鋳鉄)は知られていなかった。つまりヨーロッパでは鉄の鋳物は作ることが出来なかった。これでは、溶融した鉄(溶融銑鉄)を型に流し込んで鉄製品を大量生産することは不可能。だから、鉄を「消費」するレベルに到達するわけもない。

人文系的なまとめ

 鉄鉱石は酸化物である。それらを有用な資源としての鉄にするためには、酸化鉄である鉄鉱石から、邪魔な酸素を取り去ればよい。酸素が化合するのは「酸化」なので、その逆である「還元」をすればよい。ここまでは抵抗なく諒解できるだろう。この化学の分野は、ヨーロッパ近代において初めて精密に学問化されたが、その動機は、化合物である天然資源から有用な物質を単体で取り出すにはどうしたらよいか、という産業上の必要性が潜んでいた。

 一方、英語の化学(chemistry)や化学者(chemist)の語源は、《錬金術師alchemist)》である。錬金術とはヨーロッパ古代中世で盛んに研究された、卑金属(銅、鉄、鉛)を貴金属(金、銀)に変化させる技術を研究する当時の学術だ。今の私たちの眼から見れば、荒唐無稽でしかない魔術や呪術にも、現代の先端科学技術と同じような人間的願望が潜んでいるらしいことに気付くべきだろう。つまり、無味乾燥に見える学校の理科にも、アニメ「×の錬金術師」やファンタジー「ハリー××ター」的な起源が実はあったのだ、ということになる。

 ついでに言えば、
錬金術を意味する英語のアルケミーalchemyは、アラビア語のアル・キミアal-kim〓aに由来し、alはアラビア語の定冠詞、キミアkim〓aは、ギリシア語で金属鋳造を意味するキュマchymaにさかのぼる。キュマchymaの原語は古代エジプト語で黒色を意味するケメk〓meであるとされている。エジプト文明を古代ギリシア人が吸収、合理化し、それがアラビア化して、地中海世界の知的成果となり、それを異世界=西欧が中世・初期近代に継受した流れが一目瞭然だ。

 他にも、
アルコールという名はアラビア語に由来し,alは定冠詞,kuḥlは微粉末を意味する。アルカリは、alが定冠詞で、kaliは灰の意である。代数学algebraの語源は,アラビアの数学者フワーリズミーの著書《ジャブルとムカーバラの算法の摘要の書al-Kitāb al-mukhtasarfi hisāb al-jabr wa-al-muqābalah》の一部アルジャブルal-jabr(変形,移項などを意味する)である。

〔参照文献〕
「錬金術」、小学館日本大百科全書、
平田 寛筆
「アルカリ」
小学館日本大百科全書中原勝儼筆
「アルコール」、平凡社世界大百科事典、中井 武筆
「代数学」、平凡社世界大百科事典永田 雅宜筆

炭素原子が緻密に並んだ鉄原子の間になぜ入り込めるのか、永田和宏著『人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理』講談社ブルーバックス 2017年5月刊にもその点の記述はなし。おそらく、量子化学的レベルの話なのだろう。これ以上は私もお手上げ。ただ、γ‐鉄に炭素原子が急激に引っ張り込まれる現象はマランゴニ対流という流体力学の話題で、出来立てのお椀の味噌汁の具がお椀の中で対流することと原理的には同じらしい。ご関心のある向きは、下記のサイトを訪ねられたし。こういう理解が可能だから、自然科学は面白い。私も初志を貫いて、こっちの分野に迷い込んでいればよかったかなぁ、とチラッと後悔。
物質科学実験 Marangoni:マランゴニ対流の基礎知識

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