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2017年11月 4日 (土)

前方後円墳は、どっちが「前」?

 文字通り、「方」(四角形)が手前で、「円」が奥だと思っていた。
 ところが、この「前方後円墳」の命名は、近代の学術用語ではないということをつい最近知った。

 命名は、江戸中期の国学者、蒲生君平が、その著『山陵志』(1808年)で、宮車模倣説を唱えたことが始まりらしい。円丘を車蓋に,方丘を轅(ながえ)に見たてた、という。簡単に言うと「円」が天皇の乗る部分、「方」が牛や馬が引く部分。

 蒲生は見た目のフィーリングで決めただけだろうから、近代アカデミズムの実証性の裏付けがある訳ではない。これでは根拠薄弱では?と思ったが、この墳墓の形成からすると、棺を埋める円部がはじめてにできて、それを運び入れる通路みたいなものが方部らしいので、まあ結果オーライと言う感じで、よいそうです。私は、中国の伝統的宇宙観である「天円地方」(天は円く、地は四角)と関係があると思っていたが、そうでもないらしい。まあ、よかった、よかった。
「前方後円墳」の画像検索結果
Wikipedia様よりお借りしました。
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