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2017年11月19日 (日)

文字無き世界(2)

 さて、face to face のコミュニケーション形式で成立していた、小規模かつ単純な無文字社会が、何らかの原因で、その範囲を広げたとします。すると、その規模に対して既存のコミュニケーション形式の処理能力は過少であるわけですから、全体的な意思疎通がなかなか成立しないだろうと予想されます。

 その場合、最終的なコミュニケーション形式は、不干渉か、戦闘となるでしょう。アルカイックな世界には「沈黙交易 silent trade」というコミュニケーション形式もあるようですが、それこそ small scale な共同体同士レベルでのことだと思われますので、いま私たちが考察しているケースでは成立し難い。従って、一定の地域にいくつもの無文字社会が近接しているケースなどでは、やはり戦闘が不可避となりそうです。これは社会契約論者たちが「社会状態」への移行の前に、よく論理的に想定する「自然状態」(より具体的に言えば「内戦」です)に相当します。

 日本列島では、縄文海進が進んでいた縄文中期に比べ、縄文後期に寒冷化が襲い、そのあおりをまともに受けた東日本地域から西日本地域に人口の比重が移ります。人口が増えつつあった頃の寒冷化なので、どこの地域でも、列島全体に人口‐資源バランスが崩れていきます。この不均衡を突破するイノベーションが水田稲作でした。紀元前10世紀ころ、渡来人たちによっていち早くこのイノベーションが試みられたのが、九州北部です。

 倭国には紀元前1、2世紀に百余国あったといいますから、それが九州北部であるなら、その「自然状態」はなかなか収拾できなかったでしょう。同じ頃、東シナ海のお向かいさんでは、始皇帝による統一国家「秦帝国」が成立していました。それが可能だったのは、初めての漢字の統一正書体「小篆」を創出したことに負う部分も大きいかと思われます。

 《文字》の成立は人類史上最も偉大なイノベーションです。なにしろ人間同士のコミュニケーションを、face to face の限界から解き放ちます。異地点間(ex.中央政府からの命令書を地方政府に発給する)でも、異時点間(ex.土地の所有争いで古い文書を証拠としてトレースする)でも。

 文字なき世界で、社会のscaleが拡大し、複雑化する一方で、コミュニケーション・ツールの《文字》が無い、となれば、どうしたら「自然状態」から脱出して、「社会状態」へ移行できるのでしょうか。それは、人間の理性ではなく、情念に訴求可能な、呪術的要素を多分に持つ宗教的なものであるでしょう。それが卑弥呼の鬼道(呪術)だったと考えられます。まあ、それで「社会状態」に移行できたのは30か国らしいのですが。

 邪馬台国が卑弥呼のカリスマ(卓越した能力)に依存して成立していたなら、そのカリスマ・パーソンがいなくなれば、「社会状態」は解除され、再び「自然状態」に逆行してしまうのは見やすい道理です。そこでまた邪馬台国再建のために別のカリスマ、壹与(いよ)を据える必要があったのも無理はありません。

 古墳は列島内に16万基あります。これがどのくらいのscaleかと言えば、現代日本の神社が8万、コンビニが5万ですから(1)、いかに多いかが実感されます。前方後円墳だけでも5千基です。これほど弥生人、あるいは古代人が古墳を作ったということは、弥生時代から古墳時代終期が無文字社会だったこととは無関係ではないでしょう。逆に言えば、弥生日本語を漢字で表記できるようなると古墳はパタッと作られなくなります。無文字社会のコミュニケーション形式としての「古墳」の意味を考える必要があると思います。

 余談ですが、宮内庁は天皇陵だけでなく、天皇に関連する人々の墓所(らしき)ものを、陵墓参考地として指定していて、天皇陵を含めて、宮内庁の許可がなくては、学術調査が不可となっています。恐らく、列島の無文字社会の歴史を記述するのに古墳調査は決定的に重要でしょうから、学術価値の非常に高い、未調査(未盗掘ではありませんよ)古墳は100を優に超えるのではないでしょうか(平安京に遷都した桓武天皇が皇統譜50代目ですから、神武から桓武まで天皇陵が50基あります)。これでは、邪馬台国位置論争を含め、古代史をすっきり理解することは事実上不可能と言わざるを得ないでしょう。何とかならないでしょうか。

(1)松木武彦『未盗掘古墳と天皇陵古墳』2013年小学館、P.3

続く

〔参照〕
文字無き世界(1)
文字無き世界(3/結)

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