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2018年1月 3日 (水)

山口昌男と二人の王

 この1973年の夏私はイギリス社会人類学協会(ASA)創立十周年記念大会の後もオックスフォードのウォートン・カレッジに止宿して、読書、本蒐め、ディアギレフ関係の資料集め(モシュレアム美術館)に行って、暇があるとバムブリー通りの社会人類学研究所で、オックスフォード人類学の創始者マレットの寄贈になるマレット蔵書などの本を読んでいた。

大会が終って三日ほど後に独りで夕方机に向かっていると、酒気を帯びた老人が入ってきて、「何を読んでいるのかね」と訊いて「ふーん、君は変わっているね。マレット編の『人類学の古典』か」と言って、ぶつぶつ何やらつぶやきながら部屋を出ていった。それから二、三日してこのエヴァンズ=プリチャード教授が浴槽の中で溺死しているのが発見された。もちろん私も葬儀に参加した。休暇中のことであり、エヴァンズ=プリチャードを研究所で最後に見たのは多分私であったろうと思われ、「王の死」に際して身近にいた一人であろうと思う。
 同じ夏、マートン・カレッジで言語学者であり、『ホビットの冒険』(上・下、瀬田貞二訳、岩波少年文庫、1979年)の作者として知られるトールキンと夕食のテーブルの席が隣り合わせになった。「何を専門にしているの」と訊かれ「道化の研究です」と言ったら、食後散歩を共にしようと誘われた。図書館に行って、「『アラビアン・ナイト』を翻訳したロバート・バートンはこの席にいつも坐っていたのだよ」と教えられ、次いで昼食をとった食堂に行って壁の上方に掲げられたドン達の肖像を指して「彼と彼と彼、あの三人は厳粛な儀式で、たとえば学位授与式で、道化として振舞うことを許されたのですよ」とアカデミック・フールの伝統話をしてもらった。この後十日経ってトールキンの死が伝えられた。したがって私は一つの夏に王権研究と児童文学の二人の王たちの死に立ち合うことになった。
山口昌男『天皇制の文化人類学』岩波現代文庫2000年、pp.286-7、
「私の天皇制研究のアルケオロジー―文庫版のあとがきに代えて―」より

※参照
山口昌男のこと

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