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2018年3月 3日 (土)

西欧におけるphallocracyの実態1(追記20180409)

 当方が参加しているMLで非常に興味深い逸話を伺いました。
 あるMLメンバーの知人女性(西欧人)がこうぼやいたそうです。

東京には女性が一人で息抜きできる場所が沢山あるし、夜、歩くこともできるけど、自国の大都市だと私が一人でレストランとかで食事をしようものなら、「かわいそうな女」と見られてしまう。だから、必ず友人と食事する約束をしなければいけない。

と。そのMLメンバーは、いったい西欧人と日本人どちらが《個人主義》なのか、訝しんでいました。

この問いかけに対して、二つの視点が考えられます。

視点①
西欧人社会にあるのは、 ought to be としての individualism (~ism)
日本人社会にあるのは、 to be としての individual

 前者は建前としての個人主義、後者は本音(事実上)の個人としての存在可能性と言ってもよいでしょう。

 後者の意味で、徳川期18世紀後半(宝暦・明和)から19世紀初期(天保)、身分社会の建前はうるさかったですが、それを守らせる方(治者)も守る方(被治者)も、お互いにそれを建前視して本音で脱構築していましたので、庶民は事実上、かなり「自由」だったと、現代的基準から見ても、評価して差し支えありません。松平定信の寛政の改革(の意図)が挫折のうちに雲散霧消したのは、被治者の《事実上の自由》を侵害したという世論が背景があったからです。

視点②
 西欧人の根生いの観念には、抜きがたい男根優位主義(phallocracy)があります。
 プラトニズムに存在する、古代ギリシアの上層市民における同性愛嗜好は、女性蔑視と表裏のものですし、創世記において女性は男性のあばら骨から二次的に創出されたもの、蛇の姦計に乗ってアダムを禁断の智慧の実に誘惑するのはイブです。

 ヘレニズムでも、ヘブライズムでも、女性は二次市民です。女性は男性とペア(つまり男性の後見)なしでは、一人前の市民になれませんでした。このイメージは、現在でも影に日なたに潜在していて、西欧女性のフェミニズム運動がヒステリックになりがちなのは、この土俗的な男根優位主義に対する苛立ちからです。

 徳川期後半(約19世紀前半)の上層農民の日記には、家族の中の女(妻、娘)がかなり自由に外泊している(泊りがけの遊び、旅)ことがうかがえますが、19世紀西欧市民社会、例えばヴィクトリア朝イングランド、ではありうべからざることです。しかもこの徳川日本にはフェミニズムなど影も形もありません。

 西欧は19世紀終わり頃になってもこの事態にあまり変わりありません。
 例えば、マックス・ウェーバー(Max Weber)の母ヘレーネは大資産家の娘で莫大な相続財産がありましたが、ドイツ民法上では、彼女に自己の財産の自由処分権はなく、夫(つまりウェーバーの父親)であるマックス・ウェーバー(同名)が後見人として、彼女の財産を管理していました。この父マックス・ウェーバーが資本家から代議士に転出できたのも、その背景にウェーバー家の財産(ヘレーネの莫大な相続財産)があったからです。 妻の財産(嫁資)が夫や婚家とは別勘定になっていて、夫が妻から借り入れをしていた徳川日本とは大違いです。21世紀の今日、いい加減、西欧を西欧自身のフィルターで観るのは卒業したいものです。
(下線部、20180409追記)

2.へ続く

※下記の引用も参照。ともに中根千枝『未開の顔・文明の顔』1990年中公文庫(元版は、1959年発行)より。(追記20180305

①さて、このようなチベットの文化にはぐくまれたヒマラヤの王女たちが特に私を驚かせたのは、その自由、闊達な行動、思考である。仏教の倫理、道徳というものがいかに女性をのびのびさせるかは驚嘆に値する。そしてまた彼女らは厳しい高原の生活、ヒマラヤ越えに鍛えられ、乗馬は誰でも日常茶飯事であり、驚くほど活動的である。同書p.92
②私は彼女らの聡明な瞳にチベット文化の強い伝統が脈々として流れているのを見、ラマ教文化というものがいかに文化として高度で強いものであるかを知るのである。それはチベット古典を読んで見出すあの仏教哲学の高度な展開にも知ることができるし、ヨーロッパのゲルマン系の諸国と殆んど同じ長さをもつチベットの歴史の長さをもあらためて思うのである。同書p.88

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