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2018年5月 2日 (水)

樺山紘一編著『現代歴史学の名著』1989年中公新書(前編)

 本書の姉妹編である、樺山紘一編著『新・現代歴史学の名著』2010年中公新書、に関しては、書評記事を四年前に弊ブログにて掲載しました。
 今回、改めて1989年版(本書)を読み、こちらも好著と感じたのでご紹介する次第です。

■データ

 収録されている史書は21点。それを執筆者の国籍と執筆言語で分類した表が下記です。

著者国籍 執筆言語
日本 4 日本語 4 19.0
オランダ 1 オランダ語 1 4.8
イギリス 7 英語 8 38.1
アメリカ 1 ドイツ語 2 9.5
ドイツ 1 フランス語 5 23.8
ベルギー 1 イタリア語 1 4.8
フランス 3 合計 21 100.0
オーストリア 1      
イタリア 1      
トリニダード・トバゴ 1      
合計 21      

 結果として、英語圏、仏語圏を合わせると、61.9%となります。編者の樺山紘一氏が緒言しているように、対象の歴史書が二十世紀前半中心ですし、現代日本の歴史学界における影響力の大きさと考えれば無理もないでしょう。おおよそ日本人研究者の留学先の選好と比例します。その割にはドイツ語圏が少ない気もしますが、法学、法史学系はあらかた英語圏、ドイツ語圏ですから分野によるのでしょう。

■内容
 全部で21点もの歴史書ですから、本書の各記述中の印象的、と書評子が思えた部分を抜き書きして、本書のご紹介の代わりとします。ずるいですが、ご容赦を乞います。なお記事中の頁数は全てこの新書でのものです。

1.評者:島田誠
津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究
』(1916~21年)
    ⇒改訂版『文学に現はれたる国民思想の研究 』(1951~55年)

・・・津田は、本書の第一冊の序文において国民の思想と実際生活との交渉を探求することを研究の主旨として表明しているのである。また「国民の思想が国民の全生活と共に歴史的に発達するものであることはいふまで無からう。(中略)〔国民思想が〕実生活と関係なしに、又た前代からの思想と聯絡なし、みだりに動揺するものでも変化するものでもない」とも述べ、思想史研究の基本的視角・方法も明らかにしている。そして、このような視角・方法で書かれた本書は前人未到の境地を開拓した独創的研究であり、研究の進んだ今日にあっても本書を凌駕する通史の出現していない名著である。
 ・・・、国民思想の業績へのネガティヴな評価は、本書最大の特色といえる。そして、この徹底的否定こそ、本書がその浩瀚さにもかかわらず常に多くの読者を引き付け、「読み終える前と後では、四周の景色まで一変したような痛烈な印象」を与える根源であった。しかし、その一方で「著者の日本民族にたいする偏見が、日本文学の達成を多分に過小評価している」と反発させ、強い異論を生み出す原因ともなっているのである。〔pp.9-10〕

2.評者:有光秀行
ホイジンガ『中世の秋
Huizinga,Johan. Herfsttij der Middeleeuwen,1919
The Autumn of the Middle Ages

 

『中世の秋』の冒頭部である。このように、年代記等の史料から構成され、たくみに描写される、王侯貴族のまた民衆の生けるさま、あるいは年代記作者らの叙述そのものや詩、絵画などを提示し、それらを読みとく。これが、本書の基本的スタイルである。そして、対象そのものの面白さと、読みの深さ・鋭さと、具体的で生き生きとした叙述とが三位一体となって、本書の魅力を形づくっている。・・・。
 具体的で生き生きとした叙述ということをのべたが、われわれはここに、先にふれた、ホイジンガ自身のヴィジュアルなものへの感性の反映を認めないわけにはゆくまい。たとえば、歴史との初めての出会いとして彼に鮮烈な印象を残したのは、七歳に満たぬ頃にふれた歴史仮装行列であった。彼の絵の能力が並々ならぬものであったことを示すエピソードも多く、何よりわれわれはその証拠として、若き日の彼の手になる画集『祖国の歴史より』を目にすることができる。視覚性にとむ認識が、そもそも彼になじむものであったよいえよう。〔pp.18-9〕

3.評者:新井由紀夫
パウア『中世に生きる人々
Power, Eileen. Medieval People, 1924

 本書は中世それぞれの時期を生きた六人の生活を中心に叙述がすすめられるが、マルコ・ポーロを除いては皆無名の者たちである。なぜなら「今は知る人もいない墓に眠る多くの名もない平凡な民衆が、民衆全体として同じく歴史に参与していることを正当に認」めることを目的としているからである。このような人々を土台としてつくられる歴史の、いわば「台所」を本書は訪ねるわけである。〔pp.25-6〕
 友人や同僚によって書かれた彼女の追悼記事を読んでみると、そのいずれもが彼女の最大の魅力として彼女との人格的な接触を挙げていて実に興味深い。R.H.トーニーに依れば、彼女の昔の教え子の多くのものが「自分にとって大学とは、アイリーン・パウアそのものであった」としみじみ回想したらしい。〔p.33〕
 彼女の生涯と研究を追ってみると、中世の歴史を語るときに彼女はいくつかの視線を持っていたことに気付かされる。それは社会史の目や経済史の目、女性史の目などだが、このような目によって選ばれた縦糸すなわち庶民や羊毛や農村や女性などの縦糸を使って彼女は歴史のタペストリを独特の織り方でもって織り上げた。縦糸が多ければ多いほど綴られる歴史の布はダイナミックな、より精彩を放つものとなる。かくして彼女の織り上げたタペストリはいまも色褪せることなくわれわれを引きつけて止まないのである。〔p.34〕

4.評者:島田勇
ヒンツェ『身分制議会の起源と発展
Hintze, Otto.  Typologie der staendischen Verfassugen des Abendlandes, 1930
           Weltgeschichtliche Bedingungen der Repraesentativverfassung, 1931
The Historical Essays of Otto Hintze

 マルク・ブロックがフランスのアナール学派の始祖であるならば、ヒンツェはドイツの社会史(社会構造史、歴史的社会科学)の始祖のひとりと言える。本書『身分制議会の起源と発展』は、現存の秩序を支持する穏健な自由保守主義の学者であったヒンツェが、第一次大戦におけるドイツの敗北、政治的崩壊、ドイツ革命の衝撃をうけ、マックス・ウェーバーをはじめとする社会科学にとりくみ、プロイセン中心の研究から視野をひろげたのちの一連の研究、『封建制の本質と拡大』(1929年)、『西欧の身分制議会の類型学』(1930年)、『代議制の世界史的条件』(1931年)のうち、後二者を邦訳したものである。ヘルシャフト(支配)、ゲノッセンシャフト(仲間団体)、コーポレーション(社団)、シュテンデ(諸身分)などの用語に慣れる必要があるが、専門論文としてはわかりやすい。ヒンツェの博識と比較研究に必要な強靭な頭脳によって、本書は相変わらず重要さを失っていない。〔pp.36-7〕
 以上、本書を要約してみたが、事実に関する記述の誤りや、その後の研究によってのりこえられた点もあるであろう(たとえば日本に関する記述や西欧諸国における君主と諸身分の二元主義の過度の強調など)。しかし、三部会型と二院制型という身分制議会の二類型は、魅惑的な議論である。また、比較研究のための豊富な事例は、本書の面白さを倍加している。これは、・・ヒンツェがその視野をひろげた結果であった。彼の影響はワイマール期にはそれほど大きくはなかったが、彼の比較史的研究は弟子のフリッツ・ハルトゥングにうけつがれ、その構造史的研究はオットー・ブルンナーによって注目されていた。〔pp.43-4〕

5.評者:新井由紀夫
チャイルド『文明の起源
Childe, Gordon. Man Makes Himself, 1936

 『文明の起源』は、考古学上の資料である旧石器時代の人骨、石器、新石器時代の小屋、農家、都市文明期の墓、神殿を、それぞれが歴史の流れのなかでどんな意味を持ち、どんなつながりをもつのかを経済と唯物史観の視点から解釈し歴史上の定位置にうまくはめ込んだ。その筋道とおった論述が読者をひきつけた。〔p.46〕

6.評者:河原温
ピレンヌ『ヨーロッパ世界の誕生
Pirenne, Henri. Mahomet et Charlemagne, 1937
Mohammed and Charlemagne

・・・。本書で展開されいるのは、古代ローマ世界の衰亡とヨーロッパ世界の形成という歴史上の難問であり、ルネサンス期イタリアの人文主義者や、十八世紀のギボン、モンテスキュー以来論じられてきたポレミックなテーマである。あるいはこうも言えよう。即ち、それはヨーロッパ人による自己の過去への省察であり、ヨーロッパの文化的伝統への問いかけでもあったと。
 本書においてピレンヌは、五世紀のゲルマン人の侵入と西ローマ帝国の衰亡をもって古典古代世界の終焉とし、同時に中世世界の開始と認める通説を否定し、五世紀以後も古代世界は継続したこと、古代世界と中世世界の分水嶺は五世紀ではなく、イスラーム勢力の地中海進出によって西ヨーロッパが地中海から切り離され内陸化された七世紀に求められると論じたのである。〔p.58〕
 以上みてきたように、本書はきわめて論理的かつ明快なヨーロッパ成立論として読める刺激的なテキストである。メロヴィング期とカロリング期のフランク社会を対照的構造のもとで捉え、イスラームの地中海進出という外的衝撃をヨーロッパ世界形成の契機とみなす彼の独創的な見解は、いわゆる「ピレンヌ学説」として今日に到るまで多くの歴史家たちによる論争を呼び起こしてきたのであった。その意味では、二十世紀前半の史書の中で本書ほど問題提起の書物として革新的な存在は少ないであろう。彼の学説が第二次大戦以降今日までに数多くの実証批判によって解体されていったことはよく知られているところであるが、中世ヨーロッパという歴史的世界の形成をいかに解釈し、叙述するかというモデル構築において、彼の果した役割はきわめて重要であったと言わねばならない。〔pp.61-2〕

7.評者:相沢隆
ブロック『封建社会
Bloch, Marc. La societe feodale, 1939-40
Feudal Society (Routledge Classics)

 第一巻は「従属の紐帯の形成」という表題をもち、初めに封建制を生んだ時代の環境が概観される。・・・。そこで、こうした劣悪な環境のなかでどのようにして社会が成り立ちうるのか、いやそもそも、この中に放置された個人はどうして生命財産を確保しうるのか、が次の問題となる。ブロックによれば、この事態に直面して当時の人々が依存した解決策は、近くにいる個人と個人が保護と従属の私的、人格的関係をとり結ぶことであった。この関係はローマやゲルマンの遺制を利用して行われ、やがて社会のすみずみまではりめぐらされて、一つの社会体制が構築された。〔pp.71-2〕
 第二巻「階級と統治」では、おもに封建制の第二期に当たる11世紀後半から13世紀前半の時期が扱われる。・・・、などの社会環境の改善を示す諸要因が、機能しなくなった人的な紐帯に代わって領域を基盤とした政治権力、とりわけ国家権力の強化を促した模様が述べられる。そして最後にヨーロッパの封建制の特色がまとめられ、封建制の残滓や理念の後代への影響が考察され、他地域とくに日本の封建制との比較が行なわれて、本書は結ばれる。〔p.73〕
 本書の特色としては、多彩なレトリックの使用、他の学問とりわけ言語学と社会学の方法と成果の摂取、集団表象や世論への着目など、他にも論ずべきことが多いが、ここでは最近の歴史学との関連で注目すべき特色、すなわち興味深い人類学的知見を豊富に提供してくれる点を指摘するにとどめたい。〔p.76〕
 このようにブロックは、法や経済社会の諸制度の背後にある人間生活や人間関係のあり方に、多方面から細やかな洞察を加えることをつうじて、いわば西欧封建社会の民俗誌を紡ぎ出したのであり、最近の歴史学に導入されつつある、人類学的な諸テーマを先取りするような興味深い記述をも物することができたのである。この意味で本書は歴史書であると同時に歴史人類学の書なのであり、ブロックにアナール派の創始者という名を冠することはこの点からも正当なのである。〔pp.77-8〕

8.評者:松浦義弘
ルフェーヴル『1789年―フランス革命序論
Lefebvre, Georges. Quatre-vingt-neuf, 1939
The French Revolution: From its Origins to 1793 (Routledge Classics)

 だが現代の歴史学にとってより重要なのは、ルフェーブルが歴史を理解する鍵として「集団心性」というファクターの重視を提唱したことだろう。ルフェーブルのこの提唱は、長いあいだ、、孤立したものにとどまっていたが、1960年代以降、フランス史学一般が「心性史」への傾きをつよめるにおよんで、ようやく市民権を獲得するにいたったようにみえる。ただその場合でも、「心性史」の多くは、生や死を前にした態度など、数世紀にわたって変化しない無意識の態度を問題としており、日常生活や社会構造を政治的事件に媒介するものとして集団心性を重視する、というルフェーブルの提言は、独自の位置をしめている。けれども政治史=事件史にとっては、ルフェーブルの提言は不可欠の出発点をなしており、そのいっそうの活用と展開がもとめられているといえよう。〔p.87〕
ルフェーヴルの『1789年』は、今日なお、新鮮である。事実の複合性や絡み合いが率直に提示され、歴史的説明の決定論がさけられているからだ。革命的群集は、自律的な個人の集合ではないが、しかしまったく個人が消滅しているのでもない、とされる点や、都市や農村の民衆は、反封建的であっただけでなく、反資本的でもあった、とされる点は、その一例である。〔p.87〕

9.評者:相沢隆
ブルンナー『ラントとヘルシャフト
Brunner, Otto. Land und Herrschaft:  Grundfragen der territorialen Verfassungsgeschichte Österreichs im Mittelalter, 1939

 「今世紀のドイツ語圏の歴史学でもっとも重要な作品の一つ」(P.ブリクレ)といわれる本書『ラントとヘルシャフト 』は、1939年に発表され、彼の名を一躍ドイツ史学界にとどろかせた。終戦後、ブルンナーはハンブルグ大学に招かれ、1960年からは同大学の総長も務めた。戦後の彼の仕事は非常に多方面におよんでいるが、そのほとんどは本書で提示された研究方法や成果の発展線上にある。〔p.89〕
 『ラントとヘルシャフト 』は、まず中世におけるフェーデ(私闘)、すなわち自分の権利を主張するために一般に用いられた武力行使の分析から考察が開始される。ここでブルンナーは、従来法より力が優先する、中世という時代に典型的な非法行為とみなされていたフェーデが、実はその行為主体によって正当な法的行為とみなされていたことに注目する。そしていくつかの例から、フェーデは自らの権利を侵害した君主に対しても、国外の君主に対しても行いうることを解明する。ここから彼は、フェーデを中世における例外的事態ではなく、中世法のなかに根拠をもち、中世の国制の本質に属する政治行為であると結論づける。それでは「正当なフェーデ」を許容するような中世の国制とはいったいいかなるものか。〔p.91-2〕
フェーデを基礎づけている法とは、近代的な実定法そのものではなく、神に由来し、正義と同一視される永続的法秩序であった。したがってこの正しい既成の秩序に反した者はたとえ君主であっても法を侵害したとみなされ、ここに君主に対する抵抗権がねざしていた。〔p.92〕
このようにブルンナーは近代に依拠した諸概念が中世の国制の理解にとっていかに不適切かを論証し、これを利用した従来の歴史研究に鋭い疑問を呈するのである。そして中世の政治団体の内部構造の解明を自らのテーマとして設定し、その際にできる限り史料から抽出した用語を用い、政治団体をその実際の行為に即して理解することを考察の指の針とする。〔p.93〕
結局、他者から異議を受けずに法を制定し、その効力を保障し、法のもとにある人々の権利を保護し、さらに合法的な実力行使を独占しうる国家権力が欠如したこと、そして君主権力よりも優越するラント法のもとでラントロイテ(諸領主)にこうした「公的な」権力が分有されていたことに、ブルンナーは中世国制の本質的な特色を見出しているのである。〔p.95〕
・・・、戦後のブルンナーの仕事は『ラントとヘルシャフト 』の諸理論の発展上にあり、その理論の特色が西ヨーロッパ前近代の社会構造の分析にそのまま生かされているのである。〔p.98〕

中編に続く〕

■本書採録書リスト
樺山紘一編著『現代歴史学の名著』1989年中公新書

津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究
ホイジンガ『中世の秋
パウア『中世に生きる人々
ヒンツェ『身分制議会の起源と発展
チャイルド『文明の起源
ピレンヌ『ヨーロッパ世界の誕生
ブロック『封建社会
ルフェーヴル『1789年―フランス革命序論
ブルンナー『ラントとヘルシャフト

**************〔以上、前編〕

大塚久雄『近代欧州経済史序説
高橋幸八郎『市民革命の構造
石母田正『中世的世界の形成
コリングウッド『歴史の観念
ブローデル『フェリペ2世時代の地中海と地中海世界
カー『ボリシェヴィキ革命』『一国社会主義
エリクソン『青年ルター
ホブズボーム『反抗の原初形態
テイラー『第二次世界大戦の起源
フーコー『言葉と物
ヴェントゥーリ『啓蒙のユートピアと改革
ウィリアムズ『コロンブスからカストロまで

 

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