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2018年6月

2018年6月16日 (土)

ライプニッツからマンデヴィルへ(From Leibniz to Mandeville)

 以下、村上淳一氏の著から2箇所引用します。

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2018年6月11日 (月)

知識再生堂(Renqing-Reprint)を始めました

まず、第一弾は、

北昤吉著 『哲学行脚』 大正15(1926)年 新潮社刊

です。一度、お立ち寄り頂ければ幸いです。

renqing、こと店主兼編集発行人 上田悟司

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2018年6月 8日 (金)

二十世紀はいつ始まったか?(2)

(1)からの続き。

■総力戦体制

 現代歴史学では、《現代》、《現代化》は第一次世界大戦以降ということになっています。その際のキーワードは「総力戦」※です。

※一つのエポックは、20年前の下記の書。

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2018年6月 7日 (木)

'It seems to me' から 'I think' へ

 外山滋比古氏が『思考の整理学』1986年ちくま文庫、の文庫版あとがきで興味深いことを述べています。

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2018年6月 4日 (月)

Emil Lask und Heidegger

Emil Lask(1875―1915)
ハイデッガーがその『存在と時間』(1927)、p.218脚註(独語版)おいて、「現象学研究の主流の外で《現象学的真理論》の研究を肯定的に引き継いでいる唯一の者はラスクである。」とラスクに触れ、その『法哲学』『判断論』を挙げていることを見ますと、エミール・ラスクは重要性を少し想像することができそうです。現代は新カント派を過小評価し過ぎているのかも知れません。

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2018年6月 2日 (土)

Yo soy yo y mi circunstancia /Jose Ortega y Gasset (1883-1955)

"Yo soy yo y mi circunstancia, y si no la salvo a ella no me salvo yo."
Meditaciones del Quijote ,Madrid,1914, pp.43-44

「私とは私と私の環境のことである。もし私がそれを守らないなら、私自身を守らないということだ。」
“I am I and my circumstance; and, if I do not save it, I do not save myself.”
"Meditations on Quixote"

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