言葉の織物(A Textile of Language)
三島由紀夫は、小説の世界をこう語ります。
小説はそのなかで自動車でドライヴするとき、テーマの展開と筋の展開の軌跡にすぎません。しかし歩いていくとき、これらは言葉の織物であることをはっきり露呈します。つまり、生垣と見えたもの、遠くの山と見えたもの、花の咲いた崖と見えたものは、ただの景色ではなくて、実は全部一つ一つ言葉で織られているものだったのがわかるのであります。
三島由紀夫「文章を味わう習慣」『文章読本』1973年中公文庫、pp.43-4
しかし、上記の描写は、小説の中に構築された世界だけのことでしょうか。ひとがそこで暮らしている「生活世界」、現実そのもののことではないでしょうか。試みに、三島の文章を少し改竄してみましょう。
「つまり、部屋のドアや窓と見えたもの、歩道と見えたもの、街路樹と見えたもの、ジョギングする女性は、ただの景色ではなくて、実は全部一つ一つ言葉で織られているものだったのがわかるのであります。」
おそらく、そこらの葉っぱの裏に張り付いているちいさな虫や空を飛ぶカラス、ご主人と散歩中のコリーには別の景色が見えていることと思います。コリーにもご主人と同じく、車道や歩道、すれ違う男女等は、visionとして見えているでしょうが、「車道」や「歩道」、「男」「女」としては見えてはいないでしょう。彼らにとっては異なる意味、重要性で見えているのであろうと考えられます。
コンピューターやネットワーク技術が発達してVR(virtial reality)と現実(reality)の境界が曖昧になってきた、と言われたりしますが、そもそもひとを取り囲む「世界」そのものが、言葉なしでは存在し得ない「言葉の織物」なのだと考えるべきなのでしょう。
(2)へ、続く。
※以下参照
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