Peak oil とはなにか
人の世に「永遠の真理」はあるかもしれませんが、「永遠の資源」が存在する余地はありません。従いまして、化石燃料(その代表が石油)も必ず涸渇します。「永久機関」が「半永久」ももたずに停止してしまうのと同じで、それが人の世の理(ことわり)というものです。時折「無尽蔵」という形容詞をつけた”新”エネルギーがマスコミを賑わしますが、眉に唾を付けて聞いた方が無難です。
ということで、本記事では、私自身の頭の整理も兼ねて、Peak oil の仕組みを考えます。
※以下に掲載するグラフの出典は、本記事の文末に記載します。
■原油は1Lいくらか?
WTI原油 66ドル/バーレル
Brent原油 76ドル/バーレル
高いほうをとれば、76ドル/バーレルとなります。為替相場は、112.84円/ドルですから、これを掛け算すると、8576円/バーレルです。1バーレル=159Lですから、
8576円÷159L=約54円/L
この価格は、コンビニで買う1Lのミネラルウォーターよりも安いので、現在の相場でも、魔法の液体であるにもかかわらず cheap oil であることには変わりがないと思います。
■油田の石油生産量推移モデル
一本の生産坑井(石油の井戸 Oil well)には年齢があります。「成長期(Build up)+壮年期(Peak plateau)+老い(Decline)」です。壮年期までの若い油井は自噴します。信じられないくらいの低コストで石油を噴き出してくれます。1単位の石油を使って100単位のリターンがあります。それこそ実は現代の魔法だったのかも知れません。生産開始から30年~50年たつと、その油井は老人です。自噴力が弱くなるので、水を注入したり(カンフル剤?)、ポンピングで汲み上げたり(人工呼吸器?)、リターンがどんどん落ちて(コストが上がって)いきます。採掘業者にとって投入コストに対する最低限のリターンを産まなくなると、その生産坑井は生産停止(死)を迎えることになります。そのモデルが以下の〔図1〕です。
〔図1〕
Production profiles for three UK North
Sea oil fields, with indicative exponential decline curves. Source: UK
Department of Energy and Climate Change. (Online version in colour.)
※CSとは、Continental Shelf(大陸棚)の略
■人類最初のPeak oil ― 米国
何事にも先輩というものがあるわけで、英国北海油田 Peak oil の先輩は、米国です。
人類史上、石油文明というべきものの魁(さきがけ)だったのが米国です。かつて石油メジャーをSeven Sisters と呼びましたが、その内訳を見れば、米国の文明=石油文明のことだということが一目瞭然です。米国系5社(Exon, Mobil, Gulf oil, Texaco, Standard Oil)、英国系1社(British Petroleum)、英蘭系1社(Royal Dutch Shell)、の7社でした。何しろ、欧米諸国中、原油生産国はUSAだけでしたので、石油の価値化に直接的利害を持つのも米国だけです。言うなれば、UKは石炭で19世紀を制し、USAは石油で20世紀を制したことになります。
その米国の Peak oil は、1971年に到来しています。それでも、石油メジャーに象徴されるように、原油の採掘から元売りまで、原油フローの上流から中流域を世界的に支配していましたし、国際決済も自国通貨建て(US$)でしたので、オイルショックも乗り切り、安い石油を前提とする American way of life を堅持して今に至っています。〔図4〕〔図5〕〔図6〕を参照。
米国の原油生産量と米シェールオイル主要地区の原油生産量の推移 単位:百万バレル.日量
〔図5〕
〔図6〕米国の原油生産量と原油輸入量の推移
■世界全体の Peak oil は?
IEA(国際エネルギー機関)は、2008年に、世界の石油生産のピークが2005年に到来していたことを発表しています。
下の〔図7〕を見て下さい。2000年代になって原油価格がかなり荒っぽく乱高下しています。ただそれにしては、世界の原油生産量の動きが鈍い、というか一定過ぎる気がします。
〔図7〕2000年代の原油生産量とWTI原油価格(インフレ調整無し)
二つ要因が考えられます。一つは〔図8〕に見るように、サウジアラビアを中心とする生産調整。もう一つは、Peak oil の影響によって、生産量を思うように引き上げられなかった、あるいは、未来に先延ばしするため、温存した可能性が考えられます。
〔図8〕
というのも、〔図9〕に見るように、新しい油田の発見は、1970年代を最後にピークアウトしているからです。すなわち、既存の超巨大油田はゆっくり老化しているが、新しい若い油田はなかなか増えない、ということになります。
〔図9〕
そこで、既存の超巨大油田をみると、〔図10〕のように、すでに全てピークアウトしていて、壮年期から、老境にさしかかっていることが判明します。どの超巨大油田もスタートアップから壮年期のような若々しい生産力を失いつつあるといえそうです。
〔図10〕
石油が無くなる日がいきなり来るということはないと思います。ただし、いろいろな状況証拠から、Cheap oil、Easy oil を湯水のようにがぶ飲みするような高成長経済は、未来永劫に来ないこと、少なくとも原油価格が当面高止まりすることは揺るがないと思います。
現代の喫緊の重要問題は、核廃棄物の処理問題です。原発をはじめ、現代の圧倒的な物質文明を支えてきたのは、Cheap oil、Easy oil でした。この物質の、動力源、熱源、素材源という万能の物性が20世紀人類の富を生み出すことを可能としていました。従いまして、核のゴミ処理も、Cheap oil、Easy oilがあればこそ可能です。もし核廃棄物の処理が未了の状態で、Cheap oil、Easy oilを失うとしたら、20世紀人類は、未来世紀の人類に10万年間、負の遺産を引き渡すことになりかねません。2018年の親世代とその親世代は、自分が使う石油を減らしても、このゴミを片付けて、あるいは段取りをつけてこそ大往生できるというものではないでしょうか。
※核廃棄物の問題については、下記が参考になる。
10万年後の安全―「信頼」と「責任」の意味 | 「原子力発電のごみ」を知っていますか?
米国が石油文明の生みの親となった歴史的経緯、原油を産しない日本がなぜつかの間であったとしても、20世紀後半に巨大な経済を生み出せたのか、の歴史的、自然地理的謎解きは別稿※で改めて書いてみます。
※ 書きました。 水と資本主義/water and capitalism: 本に溺れたい
グラフ引用元
〔図1、10〕
田村八洲夫著『石油文明はなぜ終わるか』2014年4月東洋出版
〔図2、8、9〕
Future
of Oil Supply | Philosophical Transactions of the Royal Society of
London A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences
〔図3〕
[Withdrawn] Oil and gas: field data - GOV.UK
〔図4〕
米シェール生産、過去最高へ。データが語る原油市場の舞台裏 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア(吉田哲氏筆)
〔図5,7〕
原油生産量の現状 | Steady State Society
〔図6〕
Peak oil - Wikipedia
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