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2019年1月15日 (火)

村上淳一氏を巡る雑感〔続〕

 以下、正編への備忘として追記します。

 故村上氏は、論争を厭わない方でした。というより、意図的に(生産的な)論争を起こそうとされていた節がありました。

 大抵は村上氏が仕掛け人となっていたように思います。私が承知している事例は、

1)国制史家成瀬治氏(東大・文)とのイングランド国制史理解を巡るもの
2)思想史家佐々木毅氏(東大・法)とのルソーの「家」理解を巡るもの

の二つしかありませんが、それぞれにかなり重要な論点を含むものでした。

 ただ論争は応答者(参加者)相互が知的に奮闘しないと、「新しい論点の発見」という成果を生むのは難しい。前者は成瀬氏の応答がありましたが、後者はどうも不発だったような気がします。おそらく、村上氏のキャラからいって、その生涯にいくつもの論争を仕掛けていたでしょうから、著作集が編まれるなら、そういう巻を含んだもの、あるいは「村上淳一論争集」といった単行本が出ると、21世紀への知的遺産になる気がします。応答者(あるいは非応答者)が難色を示す可能性は高いですが。

 日本のアカデミズムで、知的に成果をあげた論争があまり出ない理由は、一つ考えなければならない点だと思います。徳川期の論争は活発だったような気がしますので、明治期以降の問題かも知れません。大日本帝国コンスティチューションが自壊したことと同根の可能性もあります。〔2019.01.15記〕

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