平川 新『戦国日本と大航海時代』中公新書(2018年4月)〔3〕
「戦場が home か away か、陸戦か海戦か、という側面からみると、16世紀から17世紀にかけて、日本列島の全体あるいは一部が、イスパニア王国を含むヨーロッパ勢に占領(あるいは植民地化)されなかったことが、列島の近世統一権力が軍事的に世界最強だったことを必ずしも意味しない。」
陸路と海路の選択を考える場合、その大前提として陸上輸送と海上輸送のエネルギー効率を理解しておくべきです。ただ、大航海期の輸送手段の効率性を実験(シミュレーション)的に検証する、というような研究は、文献史学や技術史のなかでは、なされていないようなので、仕方なく、現代のデータから推計してみます。下記は昭和54年度運輸白書からのものです。下記の2表のうち(2)貨物、を見て下さい。

鉄道のエネルギー効率を1とすると、船舶(内航)は1.2、トラックは6.4です。トラック6.4/船舶1.2=5.3(倍)。この比較は、今から40年前のもので、鉄道は電力、船舶・トラックは内燃機関使用がそれぞれ中心です。軌道上を走る電力モーターの鉄道の効率は、現在の輸送機関でも最高のものだと思われますので、それと比較しても、船舶のエネルギー効率はかなり優れているといえます。15世紀に、鉄道もガソリン内燃機関で駆動する自動車もないわけですから、陸上輸送は、人力か、馬(荷駄馬、あるいは馬車、ラクダ等)等しかありません。
■人力 vs. 船舶
では、人力と自動車のエネルギー効率はどうでしょうか。下記のグラフをご覧ください。この計算でいきますと、人力と自動車のエネルギー効率はほぼ同じくらいです。とすると、ヒト0.75cal/5.3=0.14cal、となり、船舶は自転車なみのエネルギー効率となります。
次のグラフのように、この効率性は重量が増えれば増えるほど向上します。陸上輸送機関が、人力か畜力(+車輪使用)しかない大航海時代、船舶による輸送がどれほどエネルギー効率上、有効かがわかります。これは効率計算によらずとも、当時の輸送に関わる人々も当り前に実感し、了解していたはずです。日本列島の江戸のような近世都市に、やたらと掘割があって人も荷駄も小舟で行き来していたり、鉄道輸送が出現する前のイギリスに無数の運河が掘削されたのも当然です。

■《産業革命》以前に完成する「海からの」世界支配
西欧人は、手漕ぎボートのガレー船からガレオン船のような大型化した帆船に、成人男性以上の重量の大砲を搭載することで、野戦上での鈍重さという大砲の戦術的弱点を海戦において解決しました。そして武装した海上輸送(帆船)による人や貨物の効率的大量移動を実現しました。このイノベーションが、近世・近代ヨーロッパの「海からの」世界支配を支えていたことは明らかでしょう。それは、産業革命が起きる前のことです。
念のため申し添えれば、帆船輸送の最盛期は、実は19世紀です。熱機関の船舶が、旅客・貨物で一挙に帆船を抜き去るのは、19世紀末から20世紀初頭ですし、ペリー艦隊の来航(1853年)は、蒸気機関の軍艦でしたが、太平洋という長距離の外洋では帆走していました。蒸気力によって外輪を駆動していたのは、近海のみです。
〔4〕へ続く
※参照リンク
1)昭和54年度運輸白書〔3 輸送機関別エネルギー効率〕
2)移動のエネルギー効率の2のつグラフ〔図録▽移動のエネルギー効率比較(動物・乗り物)〕
3)『戦国日本と大航海時代』/平川新インタビでュー|web中公新書
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