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2019年4月 6日 (土)

小心翼々たる大日本帝国

 二つの引用をみてください。

アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』(全2冊)岩波文庫1960年
Sir Ernest Mason Satow, A Diplomat in Japan, London, 1921

 このサトウの著書『日本における一外交官』」は、終戦前は(25年間もの長い間)、わが国では禁書として扱われてきた。
 もっとも、昭和13(1938)年に文部省の維新史料編纂事務局で翻訳したものが、「維新日本外交秘録」という書名で”非売品”として配布され、一部の少数研究者の閲覧に供されはしたが、「公表をはばかる箇所は、全部削除」とあるように、カットされたところが非常に多く、全章がそっくり抹殺されるところもある。
 また、昭和18(1943)年に塩尻清市氏のものが出ているが、これは無難と思われるところを、かいつまんで書き下したのものであった。
岩波文庫上巻p.4、「訳者のことば」

オールコック『大君の都』(全3冊)岩波文庫1962年
Sir Rutherford Alcock, The Capital of the Tycoon : a Narrative of a Three Years' Residence on Japan, 2vols, New York, 1863

だが、明治維新後になると、この称号〔引用者、大君のこと〕は天皇にたいする敬称にすりかえられてしまった。しかも『万葉集』あたりを利用して「大君おおぎみ」=天皇という観念が強調されて、徳川将軍の公称としてのこの語は国民の脳裏から一掃されてしまった。その点で、戦前ならば本書の翻訳を刊行したりすれば、たちどころに発禁処分になったことだろう。いまこのことを考えると、感慨無量である。
岩波文庫下巻p.421、「あとがき」

 たかだか一点や二点の翻訳書の刊行で、時の権力機構がひっくり返るなら、そんなひ弱な政府など、地上から消えてしまった方がずっとマシだと言う気がします。そしてこのことは、維新クーデタから誕生した大日本帝国が、自らの出生の正当性の脆弱さにその滅亡まで怯えていたこと、の現れであると考えるべきでしょう。

 明治期、徳川権力の姑息さを嘲笑(あるいは冷笑)する歴史評価がおこなわれました。そして、出版統制一つをとっても、公儀(=徳川政権)に不都合な内容の著書が根こそぎ禁書にされたように現代日本人にはイメージされています。しかし、実態は、そのような内容でも私家版頒布であれば、徳川期は事実上、出版は自由でした。それは例えば、大日本帝国下において北一輝の著書が私家版であっても禁書されたのとは対照的と言えます。

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