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2019年5月

2019年5月27日 (月)

江戸人の「本居信仰」(2)

 前回の補遺です。

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2019年5月26日 (日)

江戸人の「本居信仰」(1)

 言葉/message には送り手と受け手がいます。

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2019年5月25日 (土)

神社、demos(凡夫たち)kratia(支配)のためのagora(広場)

 J.C.ヘボン、和英語林集成、1886(明治19)年、にこうあります。

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2019年5月24日 (金)

エントロピーと成長経済(2)

 (1)の補足、というか続きです。 では、前回の要約。

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2019年5月15日 (水)

内田樹「言葉の生成について」2016年12月

 レヴィナス(Emmanuel Lévinas)関連で、この内田樹氏の素晴らしいエッセイ(講演記録)に出会いました。

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2019年5月14日 (火)

古代ギリシア人の名前(2)

 (1)では、日本の西洋古典学者高津春繁氏の著書から引用しました。別のソースも引いておきましょう。実は既に2回ばかり弊ブログでも触れていましたが、該当箇所を引くまではしていませんでしたので、今回はその部分を引いて記事化しておきます。

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2019年5月13日 (月)

市川裕『ユダヤ人とユダヤ教』岩波新書(2019年1月)

 本書を読了しました。第一に思ったことは、よくこの容量(全189頁)で、これだけの内容を盛り込んだな、というものです。

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2019年5月12日 (日)

「左翼 left wing」の語源について

 21世紀の日本において、ほぼ死語となった感がある、「左翼」。

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2019年5月 8日 (水)

なぜ私は歴史を志向するのか

 私が歴史あるいは歴史学方法論にこだわる理由は二つあります。

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2019年5月 5日 (日)

cogito ergo sum(われ思う、故にわれ在り)

 デカルトのあまりにも有名な、「cogito ergo sum(われ思う、故にわれ在り)」ですが、これはラテン語の表記です。しかし、デカルトは、それまでのラテン語で語り、書く学識者だけを相手とすることを嫌い、母国語であるフランス語で『方法序説』(1637)を書きました。ということは、己の思惟の出発点とする記念すべき原理を、わざわざラテン語表記にすることは道理に合いません。はたして、「cogito ergo sum」という句は、『方法序説』にあるのでしょうか。

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2019年5月 3日 (金)

ヴァルネラビリティを巡る、パスカル、レヴィナス、吉野源三郎(Pascal, Levinas and Yoshino Genzaburo On Vulnerability)

 以前、vulnerability(人間の傷つきやすさ)について、2編の記事を書きました。

H.L.A.ハートの「自然法の最小限の内容」(H.L.A.Hart "The Minimum Content of Natural Law)

communicability(伝わりうること)と vulnerability(傷つきうること)

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