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2019年5月13日 (月)

市川裕『ユダヤ人とユダヤ教』岩波新書(2019年1月)

 本書を読了しました。第一に思ったことは、よくこの容量(全189頁)で、これだけの内容を盛り込んだな、というものです。

 本記事の最下段の詳細目次をご覧いただければ一目瞭然ですが、内容はかなり多いです。それを二百頁足らずにギュウギュウと詰め込んでありますから、この方面に土地勘を持たない私などは、しばしば迷子(というより「迷い人」か?)状態に陥ってしまいました。むしろ、ユダヤ思想の専門家が「四十年の学びをもとにまとめた」(本書p.ⅱ、はじめに)と言い切るに相応しい内容と言えるでしょう。

※以下、断らない限り、引用頁はすべて本書からです。

 私なりに本書から学んだ点は三つあります。 

 まず、私にとり、多少土地勘が効く歴史分野(第1章)が一番興味を引きました。弊記事「平川 新『戦国日本と大航海時代』中公新書(2018/04)〔4/結〕」で触れました、スファラディ/コンヴェルソとレコンキスタのからみ(pp.25-31)が書いてあったからです。これは著者も意識していたようで、「私たちの歴史認識からすっぽりと抜けてしまっているのが、この中世のイスラム世界におけるユダヤ人とユダヤ教である。その欠落を補うことも本書の重要なテーマである。」(pp.15-6)とある通りです。ここにスポットあてた新書を1冊書いて頂いていたら個人的には裨益するところ大でした。

 次に興味をひかれたのは、タルムードの1頁版面の挿絵(p.98)でしょうか。下記は、wikipedia様「タルムード」からお借りした別の実物です。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f2/First_page_of_the_first_tractate_of_the_Talmud_%28Daf_Beis_of_Maseches_Brachos%29.jpg

 これを見て、すぐ思い出した日本語の文献が二つあります。一つは、徳川18世紀末に出版され朱子学の庶民普及にイノベーションを与えた、《経典余師》です。下記。《京都市:京都市歴史資料館 企画展「和本のひろがり」》様からお借りしました。

 もう1点は、徳川前期に出されて、明治の与謝野晶子が娘時代から列島史上最初の現代語訳するまで使ったという、《北村季吟「源氏物語湖月抄」》です。下記は、国文学研究資料館様(200015085_00016.jpg)より拝借しました。

https://www2.dhii.jp/nijl/kanzo/iiif/200015085/images/200015085_00016.jpg

本書第3章のテーマは「学び」ですから、学びを志向する人々の熱意はかくも似たものかなと感じ入った次第です。

 三つめは、エマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas)のことです。私は仏文系思想の饒舌さは苦手で、そのうえレヴィナスはユダヤ、タルムードときてますから、まったく視野からはずしていました。しかし、著者の市川氏に示唆されて、少し調べたら、私の長年の課題である vulnerability を考えている人物とわかり、見直した次第です。その関連で、レヴィナスに私淑し、パリまで話に行ったという、内田樹氏の素晴らしいサイト記事「言葉の生成について」を知ったことも一つ収穫でした。内田氏のその記事については多少コメントもあるので、別途記事化します。

 総じて、「ユダヤ教/ユダヤ人」についてとにかくその全体像をつかみたい、と思う現代日本人が、まず最初に手許に置いておくべき本、という印象を持ちました。折に触れて何度も読み直すための本です。必読書と言ってよいと思います。ただ、願わくは、巻末に事項索引か、ユダヤ教小事典風の付録があればさらに有益な本になったと思います。

市川裕『ユダヤ人とユダヤ教』岩波新書(2019年1月)
目次
はじめに
■序 章 ユダヤ人とは誰か
 ポーランドにて/「真正のユダヤ人」
■第1章 歴史から見る
第1節 古代のユダヤ人たち
 イエスの出現をどう捉えるか/賢者輩出の時代/啓示法の宗教
第2節 イスラム世界からヨーロッパへ
 忘れられた歴史を補う/イスラムとともに/啓典の民/地中海社会での繁栄/アルプスを越えて/スファラディとアシュケナジ/レコンキスタとスペイン追放/新キリスト教徒の再改宗/安住の地ポーランド/シュテットルの生活
第3節 国民国家のなかで
 メンデルスゾーン/フランス革命の衝撃/われわれは何者か?/ポグロムの恐怖/アウシュヴィッツへ/世界帝国の興亡とユダヤ人/「ユダヤ人」という選択肢
■第2章 信仰から見る
第1節 ラビ・ユダヤ教
 ユダヤ教は宗教なのか/ユダイズムとユダヤ教/ユダイズムとは何か/持ち運びのできる国家/二重のトーラー/ラビたちの決断
第2節 ユダヤ教の根本原則
 トーラーに従って生きる/神殿の供犠/シナゴーグの礼拝/シュマアの朗読/十八祈禱文,十戒,六一三戒
第3節 神の時間秩序
 安息日/一年のサイクル/一生のサイクル/祈りの生活/制度化された断食
第4節 「宗教」としてのユダヤ教
 東欧における神秘主義の浸透/近代のユダヤ教再定義/世俗化したユダヤ人と民族主義/二つの定義・三つの集団
■第3章 学問から見る
第1節 タルムードの学問
 トーラーの学習/イェシヴァ/タルムードの普及/タルムードのテキスト
第2節 論争と対話
 師匠への奉仕/モーセに基づかせる/矛盾をぶつけることの真意/ラビたちの議論
第3節 ユダヤ哲学
 ギリシア哲学による挑戦/イスラム世界のギリシア哲学/哲学者マイモニデス/律法典の形成/『シュルハン・アルーフ』による統合
第4節 ユダヤ精神の探究
 東欧の肥沃な精神世界/ヴォロジンのイェシヴァ/エリ・ヴィーゼルと二人の師/学ぶことは生きること/正真正銘のラビとの出会い/世俗教育との両立
■第4章 社会から見る
第1節 ユダヤ人の経済活動
 商業と金融の民/利子取得の正当化/マルクスの主張/利子取得の二重基準/ロスチャイルド家
第2節 ユダヤ人の人生の目標
 神に選ばれた民/ノアの七戒と十の心得/慈善と慈しみの行い/施しの八段階
第3節 近代メシア論
 二つのメシア論/シオニズム/離散ユダヤ人は捕囚民か/ユダヤ的百家争鳴
第4節 ユダヤ社会の現実
 ヘブライ語の蘇生/混合婚をめぐる議論/二極分化するユダヤ社会/イスラエル社会の現実/イスラエル国家のゆくえ/棄民の視点から

文献解題
 歴史について/ユダヤ教について/ユダヤの宗教思想について/ユダヤ思想史について/トーラー註解について/タルムードについて/ユダヤ百科事典『ジュダイカ』
あとがき

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