神社、demos(凡夫たち)kratia(支配)のためのagora(広場)
J.C.ヘボン、和英語林集成、1886(明治19)年、にこうあります。
SHACHU(社中)( nakama uchi)n. Company, club, clique, party
SOCIETY n. Nakama, kumi, renchu, shachu, shakwai
また、小学館日本国語大辞典には、
「社中」
①神社の境内。(初見1480年)
②詩歌、邦楽の同門。連中。(初見1563年)
③組合や結社の仲間。(初見1560年本福寺跡書:蓮如教団のひとつ「堅田にも浦々より河役をとりて、社中に食ごとあり」、東海道中膝栗毛〔1802-9〕五「近所の社中(シャチウ)どもへおひき合せ申たい」
とあります。
つまり、「社中」という語彙は、凡夫たちの仲間集団を表す言葉として、この列島の中世末期の惣村自治とともに形成されているようです。徳川17世紀の大開墾時代も、新村の形成には必ず神社の勧進を伴っていましたし、なにより仲間盟約(Social contract)である「一揆」の集合場所でした。こうして、「維新」政権の神仏分離政策の事前予備調査のときには、社の数は18万余となっています。これは後の大字にあたる旧村の数と同じです。徳川末/明治初年の人口は35百万人、世帯人員を6名と仮定すると580万世帯、32世帯で1社を維持していた計算です。
この神社数は、後の明治39年(1906)の比較的正確な調査では、19万3千余社となっていますから、あの狂気の「神仏分離/廃仏毀釈」の混乱後に数は増やしていました。問題は内務省山縣派の策動です。
まず、1888年の市制町村制で行政村を政策的に創出し、村落自治の締め付けを始めましたが思い通りにすすまず、徳川期から連綿と続く自治単位、大字レベルの自然村がどうしても邪魔になり、日露戦争後、平田東助,一木喜徳郎の音頭で、戊申詔書の渙発(1908年)を契機として、「地方改良運動」の名目で、町村財政基盤の強化、勤倹貯蓄をぶち上げ、一村一社(明治末年11万社)と財産の町村への統合推進をします。このとき、村の神社祭礼行事の実行部隊であり、村落自治力の実行力を実質的に担っていた若者組/若衆宿(名称は青年会)を内務省・県主導で修養/奉仕団体に衣替えしていくことに成功しました。おそらく、この神社合祀と若者組改組が、近世惣村から続いていた地域自治の足腰が弱体化し、戦前の内務省の地方支配に最も効果があったのではないか、と推測します。
このかつての、自治的組織、村の防衛、消防等の実力装置としての、若者組/若衆宿は、変容しながらも「青年会」「青年団」として昭和期の地域社会に残存しました。それが高度成長期開始(1960年)以前の地域社会にも命脈を保っていたことは、三島由紀夫『潮騒』(1954年)にも活写されています。これは非エリート層の青年自治団体ですが、若者組/若衆宿の習俗は、旧制中学、旧制高校の寮にも自治団体として残り、戦後の国立大学の学生寮にも引き継がれて、60年安保の隠れた核ともなりました。60年安保騒動の後、文部省が国立大学の学生寮の全面的な閉鎖方針を打ち出したのは、学生寮の自治力を根絶するためだったと思われます。
戦後の公民館は、この列島の初期近代から続くコミュニティ・センター《神社》の、GHQの戦後改革《国家神道の廃滅》による強制的代置物でした(思想史家S氏の指摘)。これは、GHQの第三の刀狩り(第一は秀吉、第二は維新政権)に匹敵する、列島「近世」の息の根を止める効果があったかも知れません。 国史大辞典の「公民館」の項に以下のようにあります。
「第二次世界大戦後、社会教育法の制定(昭和二十四年(一九四九))に伴って設置された公立あるいは法人立の社会教育施設。・・・。公民館の歴史的源流は第一に戦前の日本農村に伝統的な「むら」の集会所(村屋(むらや)・若者宿・行屋(ぎょうや)および農村公会堂など)に求められるが、都市の隣保館・市民館、さらに労働福祉会館なども、その戦前的形態の一つであるといってよい。」
別の資料では、
「その数は図書館や博物館よりもはるかに多く,文部科学省の2008(平成20)年度調査では公民館15,943館,類似施設623館.日本独特の教育機関であり,海外に相当施設はあまりない.」図書館情報学用語辞典 第4版「公民館」
公民館は戦後民主主義の一つの象徴的成果と戦後日本人に記憶されてきましたが、GHQの余計なお節介は、この列島における「デモクラシーの学校」の歴史的リソースを直撃したことになります。
それにしても、徳川末期の神社数18万余(2000年代で約8万)という数字は、現代日本の公民館1万6千、コンビニ5万、と比較してみると、驚くべき多さであることが実感されます。ついでにいえば、考古学者によると、現代日本にある古墳は16万基、既に削平され消滅したものが優にこの倍以上あったと推定されています。前方後円墳だけでも5千基あるそうです。(松木武彦『未盗掘古墳と天皇陵古墳』2013年小学館、P.3)
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