嫁の持参金は夫のものか?〔3〕(中華帝国の場合/ Does the wife's dowry belong to her husband? [3] (in the case of the Chinese Empire)
〔2〕で近世日本のデータを取り上げました。ついでに、お隣の帝政期中国のデータも挙げておきます。
滋賀秀三『中国家族法の原理』創文社1967年3月、第五章家族員の特有財産
夫婦財産制
かような夫側の伝来財産に比べて、妻の持参財産は、ひとしく夫婦の生活の基礎を形成しながら、どの程度異った扱いをうけたであろうか。中国における夫婦財産制のあり方を論ずるとすれば、問題はほとんどこの一点に煮詰って来るといってよいであろう。そして結論をいえば、ここにおいても基本的には夫妻一体の原則が支配する、すなわち持参財産は夫側の伝来財産と合流し、併せて、夫生存中は夫、死亡後は妻の支配の下におかれる。(p.520)右に見るように、持参財産は行く行くは夫の財産と一緒になる。それが特別の財産として区別されなければならないのは、夫とその父母兄弟を含む家に対してであって、決して夫個人に対してではない。妻と夫の家との間、すなわち持参財産と家産との間には取引が可能であるが、妻と夫との間には取引を考えることができない。(p.521)
これを妻の立場から言えば、自己の持参した財産―心理的には多分に自己の財産―であっても、重要な処分行為は夫を通じて行わねばならず、さ程重要でない事柄は独自に処置しうるにしても、やはり夫の明示または黙示の許可に基づかねばならないということになる。(p.524)
次回に、あの偉大なる聖Max Weber家の事例(20世紀初頭)も引くつもりですが、西洋、中国、日本、と並べると、夫婦間のpropertyに関することなら、西洋・中国が同じカテゴリーに入り、日本は別のカテゴリーに分類されることが明らかになります。
昔も今も、財産(所有) property というものは、人間生活において最重要なもの(の一つ)であることに変わりはありません。また、夫婦という人間関係は前近代であればあるほど社会の根本的単位となります。そういう社会の基礎構造において、「進んでいた」西洋、と「遅れていた」旧中国が、同一の構造を有すると見なすことができ、日本はそれらと別と考えることができる、という一つの観察を私たちはどう受け止めればよいのでしょうか。夫婦という基層的人倫秩序に顕著な差異があって、二つの世界に暮らす人々の世界観、人々が何を「To be」と見なし、何を「Ought to be」と思うかに影響を与えないものなのでしょうか。
社会や国家のより多くの人々の行動を方向づけ(orientation)する「思想」や「観念」がもしあるとすれば、大思想家の大文字の「思想」よりは、人々の日常生活の「信条」や「行動」に影響を及ぼす可能性の高い、小文字の「思想」であるような気がします。そしてそういった《小思想》は、大思想家の日常生活をも律している可能性が高いと考えるべきなのです。
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