内田樹「言葉の生成について」2016年12月(2)
(1)の続きです。言いたいことは、江戸人の「本居信仰」(1)、ですでに書いてしまいました。
すなわち、徳川日本で爆発的に流通していた書籍=和本(木版印刷物)は、すべて徳川フォーマットである、変体仮名+草書体漢字で印されていた。しかし、明治33(1900)年の文部省令によって、変体仮名の使用が禁じられた。したがって、それ以降の義務教育を経た日本人は基本的に徳川期の「本」が読めない。 この件の詳細は、先ほど掲げた弊ブログ記事をご参照いただければ幸いです。
さて、ここでは、この事態が何を意味しているのかを、論より証拠で、典型的事例を一つ挙げてわかって頂ければと思います。
以下は、福沢諭吉の『学問のすすめ』初篇、初版本(明治五年)です。先の文部省令以前のものですから、当然、徳川フォーマットの変体仮名、漢字は現代日本人にも読めそうな清朝体です。それでも、結構読みずらいですね。現代日本語表記と比較してみます(青空文庫様から拝借しました)。
学問のすすめ
福沢諭吉
小幡篤次郎 同著一「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言
えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同
じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の
霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろず
いかがでしょうか。率直に言って、現代語表記が無ければ読み通せないだろうと私自身は思います。国文学者の中野三敏氏によれば、現代日本の書店や図書館に所蔵して、活字本として私たちがアクセスできる徳川期の「本」といわれているものは(古典文学全集などに収められているものも含めて)、実際に徳川期270年間に流通した総タイトルの1%強だろう、とのことです。つまり、徳川期の「本」の99%は、現代日本人が未知の代物ということになります。そして恐ろしいことに、それらはすべて、徳川フォーマットの、変体仮名+草書体漢字、で印されていて、現代日本人である私たちは直接それらを手にとっても、すぐにはわからないだろう、ということなのですね。無論、こういう私も読めません。なるべく、時間を投じて読めるようにしたい、とは考えてます。上記、中野氏は、小学生に外国語の「英語」を教えるくらいなら、週一回でもいいから、変体仮名を教えてくれ、と叫んでいます。ま、某大国の傀儡権力である、「自由」で「民主」的な政府には、百年河清を俟つ、でしょうか。
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