« 自動車は、ガソリンのパワーの60%を大気中へ捨てている | トップページ | 柄谷行人著『世界史の実験』2019年2月岩波新書 »

2019年6月26日 (水)

デフレギャップの正体(Identity of deflationary gap)〔1〕

 社会を理論的に考察する場合、物理学や哲学の分野で理論的に思考を進めるのとは違った難しさがあります。

 人間の思考を追いかけることでもなく、地上でも宇宙でも適用できる法則に基づくのでもない、中間クラスの「多数性」を対象とし、それも時間の経過の中で考察しなければならないからです。そのために、社会の科学の常套手段は、掌(てのひら)に乗る程度のモデルを構築して、それを動かしてみる、というものです。

 掌編モデルを構築する理由は、モデルを複雑にしすぎると、モデル構築者自身の《合理性の限界》のため、モデルから何の洞察も得られなくなる危険があるからです。考察者の目的に適う必要最低限の要素数でモデル構築することが肝要です。

 いまここで、「デフレギャップの正体はなにか」、ということを巡って思考実験をしてみます。まず、最初に心がけることは、できるだけ簡素なモデルを使って、その working を観察するということです。ま、とにかくやってみます。

 

*******モデル作成、開始

 資本主義経済、という一つの経済循環のシステムを想定します。登場人物は、会社をマネジメントする資本家とそこに雇われる労働者だけです。

 資本家は、なんらかの商品・サービスを作り出し、それを「売り」に出します。その売る目的は、儲けるためです。したがって、

売上=利潤+コスト・・・(1)

となります。
 労働者は、資本家に雇用されて、賃金を得ます。従いまして、賃金はコストの一部です。また、売り物である商品やサービスは、雇用している労働者と、さらに外部から仕入れた原材料や他のサービスを結びつけて生み出すものですから、外部からの仕入れ費用もコストの一部となります。

売上=利潤+〔賃金+仕入れ費用〕・・・(2)

 この(2)の構成は、すべての企業で同じであると考えます。すると、仕入とは他社、例えばB社の売上となります。

A社の売上a=利潤a+〔賃金a+(売上b)〕・・・(3)

 当然、B社の売上bの内訳も同じ構造です。

A社の売上a=利潤a+〔賃金a+(利潤b+〔賃金b+仕入れ費用〕)〕・・・(4)

 そうすると、どの会社でも、仕入れ費用は他社の売上なので、仕入れ費用は究極的に、全て、利潤+賃金、に分解されます。

総売上=総利潤+総賃金・・・(5)
この式の単純化のために、「総」の字を省きます。

売上=利潤+賃金・・・(6) ※社会全体で集計されたマクロの式

 
 さて、この簡素化された資本主義経済が順調に循環するためには、その期に売り出した商品は全て、その期で売り切れる必要があります。
(在庫は経済循環の考察に極めて重要ですが、いまの段階ではモデルに組み込みません。簡素化のためです。)

 そして、この掌編モデルで、実際にカネを支出して購入された需要を有効需要とします。
すると、ある期の経済循環が順調に完結するには以下の式が成立する必要があります。

売上=有効需要・・・(7)

 さらに、簡素化のため、資本家は、何も買わない、とします。また、労働者は得た賃金をその期にすべて使い切り、貯蓄しない、とします。従いまして、いまのところ有効需要はすべての労働者の報酬を集計した、賃金だけ、となります。

有効需要=賃金・・・(8) ※すべての労働者の賃金を集計したマクロの式

(6)と(8)を、(7)に代入します。

利潤+賃金=賃金・・・(9)
 (9)式が成立するのは、利潤がゼロの時だけです。これでは資本主義経済はなり立ちません。すべての資本家は利潤を求めて苦労するのですから。よって、(9)はこうならなければなりません。

利潤+賃金>賃金・・・(10)

 ただ、これではすべての商品が完売されるには、有効需要が不足します。

 それを結果的に果たすのが、その期に資本家によって投下される新投資です。

 工場の新設、新店舗の開店、等の、昨期までなかった新しいものへの大型の支出です。資本家が実施する投資ですから、いずれは商品の供給量を増やしますが、それは次期に出ます。投資したその期には、投資の供給増効果は出ず、有効需要増の効果だけを仮定します。
 その新投資のおかげでこの期の売上と有効需要が一致するなら、下記になります。

利潤+賃金【総供給価額】=新投資+賃金【総需要価額】・・・(11)
すなわち、

利潤=新投資・・・(12)

 つまり、資本家たちは、自分たちが計画している利潤分(当期純利益)に見合う新投資を、たまたま資本家全員の総計で結果的に実施できていると、実際に自分の利潤が確保できる、というわけです。タコが自分の足を食べるみたいな変な感じですが、これが社会をマクロで考える際の理解の難しさ、奇妙さです。

 しかしながら、「持つ者」は失うことを恐れます(血気、animal spirits不足)。もし新投資に失敗したら、資本家は破産し、無産者となります。従いまして、必要な有効需要に、新投資は満たないでしょう。つまり、こうなります。

利潤+賃金【供給サイド】>新投資+賃金【需要サイド】・・・(13)

すなわち、

利潤>新投資・・・(14)

 つまり、これが、デフレギャップ(有効需要の不足)の最も本質的部分です。そして、ケインズ(John Maynard Keynes)は、恐慌を脱出するには、経済主体として政府が不足する新投資を補わなければならない、と主張したわけです。

利潤=新投資(資本家の)+政府投資・・・(15)

*******モデル作成おわり

 

 ケインズは上記の事情は十分了解していたはずです。しかし、政府の新投資が資本家の利潤実現を助けるため、と説明したのでは、労働者大衆は決して賛成しなかったでしょうし、政治家も次期の選挙で落選してしまいますから、支持する訳がありません。従いまして、露骨に「利潤」とは言わずに、「貯蓄」とオブラートに包んだのです。実社会においても、貯蓄の主たる担い手は、富者(or 資本家)であり、貧者の労働者とはなかなか考えにくいので。

 ここからは、景気循環やら20世紀石油資本主義の経済成長の自己矛盾、といった話題に発展すればよいのですが、今日のところはこれでおしまいです。

(2)へ続く

|

« 自動車は、ガソリンのパワーの60%を大気中へ捨てている | トップページ | 柄谷行人著『世界史の実験』2019年2月岩波新書 »

近現代」カテゴリの記事

経済」カテゴリの記事

資本主義」カテゴリの記事

社会科学方法論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 自動車は、ガソリンのパワーの60%を大気中へ捨てている | トップページ | 柄谷行人著『世界史の実験』2019年2月岩波新書 »